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翌朝。 「・・・っうぅん・・・ ・・・・・・ハッ!?」 言い知れぬ不安を感じてガバッと跳ね起きたルイズは、外の明るさを確認して軽く絶望した。 「もっ、もうこんな時間!?ちょっとギアッチョ、起きてるなら起こしなさいよ!」 ベッドから立ち上がったルイズは椅子に座って頬杖をついている使い魔を睨むが、 「・・・ギアッチョ?」 当のギアッチョは、感情の篭らない眼でぼーっと虚空を見つめている。 「・・・ねえ、ギアッチョ・・・大丈夫?」 ルイズの心配そうなその声で、ギアッチョはやっと気付いたらしい。緩慢な動作で、クローゼットを漁るルイズに首を向けた。 「ああ・・・すまねーな」 いつもの気強い態度は全く鳴りを潜めている。原因は明白だった。 ホルマジオ達の死については、ギアッチョにももう整理はついているだろう。 しかしリゾットの死を知ったのは今朝のことなのである。彼の動揺を誰が責められるだろうか。 無神経だったとルイズは思った。そしてそれと同時に今朝の夢が頭の中で反芻されて、ルイズの気分もドン底に沈んでしまった。 ぶんぶんと首を振って、彼女は考える。こんなときこそ主人は毅然としていなくてはならない。 今自分が悄然とした態度を見せれば、ギアッチョの心はますます沈んでしまう。 「ギアッチョ、厨房に行ってきなさいよ シエスタが料理作って待ってるでしょう?」 出来るだけ平静を装って、ルイズはギアッチョに声を投げかけた。 「・・・今日は授業に遅刻してもいいわ ゆっくり食べて来なさい」 ルイズの気遣いに気がついたのか、「・・・そうだな」と短く返事をするとギアッチョは椅子から腰を上げた。 料理を口に運びながら、ギアッチョは軽い自己嫌悪に陥っていた。 リゾット達の死を受け入れるなどと言っておきながら、結局感情を抑えきれていない自分が心底腹立たしかった。 勿論、他人から見れば全く仕方の無いことではある。リゾットの死に加えて、六人全ての死に様を己の眼で見たのだ。 封じたはずの彼の火口から怒りと悲しみが漏れ出してくるのも当然だとルイズもそう思っているのだが、ただギアッチョ自身だけが己を許せない。 リゾットまでがジョルノ達にやられていれば、ギアッチョは怒りを爆発させてしまっていたかもしれなかった。 リゾットがボスと戦い、そして瀕死にまで追い込んだという事実だけが彼の心を慰めていた。 「・・・あの、ギアッチョさん」 いつもの覇気の無いギアッチョを、シエスタは困惑した眼で見つめていた。 「どうかなさいました? なんだかいつもより元気がないように見えるんですが」 「・・・ああ すまねーな・・・ちょっと色々あった」 我に返って言葉を返す。しかしギアッチョのその言葉に、シエスタの表情はますます心配の色を深めた。それに気付いてシエスタは努めて笑顔を作る。 「・・・ギアッチョさん えっと・・・その も、もし辛くなったら いつでも言ってくださいね 私でよければ相談に乗りますから」 いつもと違うギアッチョの様子に気後れしつつも、彼女はそう言って微笑んだ。 同じく心配げにギアッチョを見ていたマルトーも、 「おおよ!俺だって年中無休で乗ってやるぜ!言いたくなったら遠慮するんじゃねーぞ 我らの剣!」 シエスタの言葉を受けてドンと胸を叩く。そんな二人を見て、ギアッチョは自分がどれだけ打ち沈んだ顔をしていたのかをやっと理解した。 ――こんなガキからオヤジにまで心配されてよォォ 何やってんだオレは? ギアッチョは空になった皿にフォークを置いて立ち上がる。 「悪かったな・・・もう問題ねー」 彼の顔からはもう沈んだ様子は伺えない。よく分からないなりに安堵している二人に礼を言ってから、ギアッチョは教室へと歩き出した。 感情が顔に出ていたというのなら、そのせいで心配されていたというのなら。 ギアッチョはすっと顔から表情をなくす。 怒の方面には感情の起伏が激しい男だが、彼も普段は冷静な性格であり、加えて暗殺者時代にそれなりの経験があるものだから無感情に振舞うことはそんなに難しいことではなかった。 ギアッチョは他人に心配されるのは好きではない。いや、正確に言うならば苦手なのである。 別に鬱陶しいとか腹立たしいとかいうわけではなく、要するに慣れていないのだった。目の前の人間に心配そうな顔で何かを言われたり、あまつさえ泣かれたりなどするともう何を言っていいか分からないわけである。 まあ、勿論生前にはそんなシチュエーションなど皆無に近かったのだが。 説教をしたくないというのも似たような話で、つまりは他人に深く干渉したりされたりするのが苦手なのだった。 心配されるのは苦手だ。特にルイズの野郎はしまいにゃまた泣き出すかもしれない、とギアッチョは思う。 ギアッチョが召喚されてからというもの、ルイズはやたら泣いてしまうことが多かったので、ギアッチョの中ではルイズ=泣き虫という式が出来上がっているらしかった。 目の前で頼りにしていた人間が死にかけたり九人分の死に様を見せられたりすれば若干16歳の少女としてはそれは泣かないほうがおかしいぐらいの話ではあるのだが、境遇が境遇である為にギアッチョにそんなことは全く分からなかった。 さて、そういうわけで彼の心の中では小さな爆発が何度も起こっているのだが、とりあえず表面上は感情を出さないことに方針を決めてギアッチョは教室の扉を開ける。 と、その瞬間烈風と共に赤髪の少女が吹っ飛んできた。 「ああ?」 予想外の出来事に少々面食らいつつも、ギアッチョは見事に彼女を抱き止める。 「・・・何やってんだてめーは」 というギアッチョの呆れ混じりの問いに、 「・・・ありがとう 背骨を折らなくて済んだわ」 額に青筋を浮かばせながらも、彼女――キュルケはすました顔で礼を言った。 聞けばそこの長い黒髪に漆黒のマントという何かの映画で見たようないでたちのギトーという教師が、風が最強たる所以というものを披瀝していたらしい。 彼はギアッチョにちらりと一瞥を向けると、何事も無かったかのように授業を再開した。 何だか癇に障ったので嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、キュルケが黙って席に戻ったのでギアッチョも黙って座ることにした。 勿論貴族の席に堂々と。ギトーはまだまだ風の最強を説明し足りないようで新たに呪文を唱えていたが、突然の闖入者にその詠唱は中断された。 乱暴に扉を開けて現れたのは、鏡のように磨き上げられた頭を持つ男、コルベールである。しかし、今入ってきた彼の姿は乱心したかとしか思えないほど奇妙なものだった。馬鹿デカい金髪ロールのカツラを頭に乗せ、ローブの胸にはひらひらとしたレースの飾りや刺繍が踊っている。ギトーは眉をひそめて彼を見た。 「・・・ミスタ? 失礼ですが・・・そのカツラは?」 「ヅラじゃないコルベールだ」 何かよく分からない拘りがあるらしい。ギトーはとりあえずスルーすることにした。 「・・・・・・今は授業中ですが」 しかしコルベールは、それどころじゃないという風に手を振って言う。 「いいえ、本日の授業は全て中止です」 教室から一斉に歓声が上がった。不満げな顔をするギトーから生徒達に眼を移して、コルベールは言葉を継ぐ。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 威厳を出す為かそう言ってふんぞり返った瞬間に、彼の頭から見事な回転を描いてカツラが落下した。幾人かの生徒がブフッと吹き出し、それを合図にそこかしこから忍び笑いが聞こえる。 一番前に座っているタバサが、旭日の如く輝くコルベールの額を指してぽつりと一言「滑りやすい」と呟き、その途端教室が爆笑に包まれた。キュルケもタバサの背中をバンバンと叩いて笑っている。 「シャーラップ!ええい、黙りなさいこわっぱ共が!」 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴る。 「大口を開けて下品に笑うとは全く貴族にあるまじき行い!貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ!まったく、これでは王室に教育の成果が疑われる!」 王室、という言葉に教室が静まり返る。どうしてそんな言葉が出てくるのだろう。 そんな生徒達の心中の疑問に答えるべく、コルベールが三度口を開く。 「えー・・・おほん 皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、まことによき日であります 始祖ブリミルの降誕祭に並ぶ、実にめでたき日でありますぞ」 そう言って、コルベールは後ろ手に手を組んで生徒達を見渡した。 「畏れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な宝華、アンリエッタ姫殿下が!なんと本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この我らがトリステイン魔法学院に行幸なされるのです!」 コルベールの身振り手振りを交えた報告に、教室中がざわめいた。 「決して粗相があってはいけません 急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います よって本日の授業は中止、生徒諸君は今すぐ正装し、門に整列すること! よろしいですかな?」 その言葉に徒達は一斉に姿勢を正す。そんな生徒達を満足げに見つめて、ミスタ・コルベールは話を締める。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、各々しっかりと杖を磨いておきなさい!」
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今日はッ!あの!神聖なサモン・サーヴァントの日!!! ゼロのルイズと呼ばれた少女が呼びだしたものは! ……意外!それは黒い物体だった。 ゼロの奇妙な使い魔~フー・ファイターズ、使い魔のことを呼ぶならそう呼べ~ [第一部 その出会い] 第一話 使い魔を召喚しに行こう その日、ルイズは召喚の儀を行い、毎度お馴染みの爆発が起こった。 こうまでなると周りの人は、ルイズが失敗したのをほとんど確信していたし、誰だってそうするようにからかう準備をしていた。 …しかし、煙がはれると、そこには謎の黒い物体あり、がウジュルウジュルうごめいて形をなしていっているのだ。 その姿はまさしく怪人!人型であるが人外の何か。そう、つまり使い魔に相応しいヴィジュアルのものがいたのだ。 ルイズは勝ち誇る「どうよ!成功したわよ!」 観衆と化している生徒達は各々ざわめきだす。 「なんだってぇーー!ゼ、ゼロのルイズが成功しただとぉぉー!」「馬鹿なッ!ルイズが失敗することはコーラを飲むとゲップが出るくらい確実なはずなのにッ!」「許可しなぁぁぁい!ゼロが成功することは許可しなぁぁぁぁいぃぃぃぃッ!」などなど。 ルイズが魔法を成功させるだなんて、普段失敗を目の当たりにしている生徒たちにとっては、月までぶっ飛ぶ衝撃なのである。 そんな生徒たちを尻目にして、ルイズは己の召喚したものに近づき呪文を唱える。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」 と。 そして接吻をする。 すると黒い使い魔は、熱さに悶え苦しみ奇声をあげたが、ある程度して熱が収まると、落ち着いたようだった。 しかし、使い魔のルーンはどこにも浮かび上がってはいなかった。 「ここは何処なんだッ!私はいったい!?ホワイトスネイク…いや、神父に始末されたはずの私がッ!なぜ生きているんだッッッ!?」 使い魔は取り乱していた。死んだとばかり思っていた自分が、今、こうして生きていることに。 「どどど、どうしたのよ!だ、大丈夫???」 ルイズが自分の使い魔を心配して声をかけてきた。 (なんなんだ、この少女は。髪でも染めているのだろうか。それよりも徐倫達は神父を倒すことができたのだろうか。徐倫達の安否が知りたいッ!) 使い魔はそう思った。そして、自分を心配して声をかけてきた少女を無視するのは失礼なので、返答する。 「あぁ、大丈夫だ。」 「そう、よかったわ。これからは私の使い魔として過ごすのよ。私はルイズ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。よろしくね。」 話がまったく理解不能!使い魔は状況が飲み込めていない!しかし話はそのまま続く。 「あなたの名前は?」 状況は飲み込めていないが、これだけは確実に答えられる。だから答える! 「……フー・ファイターズ、私のことを呼ぶならそう呼べ。」 使い魔が名前を名乗り終えると、タイミングよくルイズに声がかけられた。 「まさか、あなたが成功するなんてね。」 巨乳で小麦肌で赤毛。まさにルイズとは対照的ともいえるそんな女が話しかけてきたのである。その名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー!ルイズとは犬猿の仲である。 「あたりまえじゃない!私が失敗するわけないでしょう!それに私の使い魔は会話もできるのよ!」 「でも、いったいどんな能力を持っているのかしら?」 (そうよ、そういえば!見たことも聞いたこともない幻獣?だわ!いったいどんな能力なのかしら。) ルイズが疑問に思ったその瞬間、 「みんな教室に戻るぞ。」 禿た教師、コルベールが指示を出した。 「じゃあねルイズ。また後で。」 キュルケがいやみったらしく、城のような建物に向けて飛んでいった。 他の生徒達も同じようにして向かっていく。 そう、ただ一人!我らがルイズを除いてはッ! 「み、水………」 そしてフー・ファイターズもピンチに陥っていた。 to be continued…
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S.H.I.Tな使い魔-01 S.H.I.Tな使い魔-02 S.H.I.Tな使い魔-03 S.H.I.Tな使い魔-04 S.H.I.Tな使い魔-05 S.H.I.Tな使い魔-06 S.H.I.Tな使い魔-07 S.H.I.Tな使い魔-08 S.H.I.Tな使い魔-09 S.H.I.Tな使い魔-10 S.H.I.Tな使い魔-11 S.H.I.Tな使い魔-12 S.H.I.Tな使い魔-13 S.H.I.Tな使い魔-14 S.H.I.Tな使い魔-15 S.H.I.Tな使い魔-16 S.H.I.Tな使い魔-17 S.H.I.Tな使い魔-18 S.H.I.Tな使い魔-19 S.H.I.Tな使い魔-20 幕間1 S.H.I.Tな使い魔-21 S.H.I.Tな使い魔-22 S.H.I.Tな使い魔-23 S.H.I.Tな使い魔-24 S.H.I.Tな使い魔-25 S.H.I.Tな使い魔-26 S.H.I.Tな使い魔-27 S.H.I.Tな使い魔-28 S.H.I.Tな使い魔-29 S.H.I.Tな使い魔-30 S.H.I.Tな使い魔-31 S.H.I.Tな使い魔-32
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契約! クールでタフな使い魔! その① 「あんた誰?」 日本とは思えないほど澄んだ青空の下、 染めたものとは思えない鮮やかなピンクの髪の少女が彼を覗き込んでいた。 黒いマントをまとい手には杖。まるで魔法使いのような格好だ。 いぶかしげに自分を見つめるその表情に敵意の色はない。 だから、とりあえず周囲を見回した。 ピンクの髪の女と同じ服装をした若者達が囲むように立っていた。 共通する事は全員日本人ではない事。欧米人が多いようだ。 するとここは…………ヨーロッパのどこかだろうか? なぜ、自分はこんな所にいる。 そう疑問に思ってから、ようやく自分が草原の中に仰向けに倒れていると気づいた。 ヨーロッパを舞台にした映画に出てくるようなお城まで遠くに建っている。 「…………」 事態がいまいち飲み込めず、しかし警戒心を強めながら彼はゆっくりと起き上がった。 少女は、男が自分よりうんと背が高く肩幅も広い事でわずかにたじろぐ。 「……ちょ、ちょっと! あんたは誰かって訊いてるのよ! 名乗りなさい!」 「やれやれ……人に名前を訊ねる時は、まず自分から名乗るもんだぜ」 「へ、平民の分際で……ななな、何て口の利き方!?」 少女が顔を赤くして怒り出すのとほぼ同時に、周囲に群がっている連中は笑い出した。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」 誰かが言う。笑いがいっそう沸き立ち、少女は鈴のようによく通る声で怒鳴った。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 どうやら、この少女の名前はルイズというらしい。 ルイズ……名前から察するにフランス人だろうか。という事はここはフランス? となると、この訳の解らない状況にも説明がつくような気がしてきた。 あのトラブルメーカーの友人が関係しているかもしれない。それはさすがに被害妄想か。 (しかし……スタンド攻撃にしては妙だ。 俺をここに瞬間移動させたのはこのルイズという女らしい……。 だが周りにいる奴等の言動を見ると、どうにもスッキリしねぇ) とりあえず彼は、一番近くにいるルイズを見下ろして訊ねた。 「おい、ここはどこだ。フランスか?」 「フランス? どこの田舎よ。それに使い魔の分際で何よその態度は」 「使い魔……?」 先程聞いた『サモン・サーヴァント』という単語を思い出す。 そして、見渡してみれば黒いマントの少年少女達の近くには、様々な動物の姿があった。 モグラであったり、カエルであったり、巨大なトカゲであったり、青いドラゴンであったり。 「………………」 ドラゴン? 集団から少し離れた所で、髪が青く一際年齢の低そうな少女がドラゴンの身体を背もたれに読書をしている。 ファンタジーやメルヘンでなければありえない光景だ。 もし、これが夢や幻でないとしたら、つまり……現実に存在するファンタジーといったところか? 約五十日ほどの旅でつちかった奇妙な冒険のおかげで、非現実的な事に対する耐性ができたというか、 そういうものを柔軟に受け入れ理解し対処する能力を磨いた彼は、 持ち前の冷静さと優れた判断力のおかげもあって取り乱すような事はなかった。 周囲をキョロキョロ見回している平民の姿に腹を立てたルイズはというと、 教師のコルベールに召喚のやり直しを要求していた。しかしあえなく却下される。 「どうしてですか!」 「二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。 それによって現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、専門課程へ進むんだ。 一度呼び出した『使い魔』は変更する事はできない。 何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ」 「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」 ルイズとコルベールの会話をしっかり聞いていた彼は、ある仮説を立てる。 つまり自分はルイズの能力によって、元いた場所からここに『召喚』された。 そしてそれは周囲にいる全員が行っているようであり、スタンド能力ではなさそうだという事。 さらにここはドラゴンがいる事からヨーロッパどころではなく、 ファンタジーやメルヘンの世界だという……突飛で奇抜で冗談のような話。 『召喚』されるのは本来――動物やあのドラゴンのような神話の生物等であり、人間ではない。 しかし彼女ルイズは人間を『召喚』してしまった。 『召喚』された生物は、『召喚』した人間の『使い魔』であるらしい。 『使い魔』という単語からだいたいどのようなものかは想像できる。 (俺が……この女の使い魔だと? やれやれ、冗談きついぜ) とにかく、彼にとって今必要なのは現状把握をするための情報だ。 話をするのに一番適しているのは……少年少女達を指導しているらしいハゲ頭の中年。 さっそく彼に声をかけようとしたところで、彼と話をしていたルイズがこちらを向いた。 ルイズは自分が召喚した平民を見た。 身長は190サントはあろうか、黒いコートに黒い帽子をかぶっている。 顔は……なかなか男前だが、それ以上にとてつもない威圧感があって、怖い。 でも、自分が召喚したんだから。自分の使い魔なんだから。 だから、しなくちゃ。 「ね、ねえ。あんた、名前は?」 恐る恐るもう一度訊ねてみる。まただんまりかと思った矢先、男は帽子のつばに指を当てて答える。 「承太郎。空条承太郎だ」 「ジョー……クージョージョータロー? 変な名前ね」 本当に変な名前だった。聞いた事のない発音をする名前だ。 ルイズは彼の奇妙な名前を頭の中で暗唱しながら、彼に歩み寄り、眼前に立つ。 そして彼の顔を見上げて、届かないと思った。承太郎は鋭い双眸で自分を見下ろしている。 やる、やってやる。こうなったらもうヤケだ。 ルイズは、ピョンとジャンプして承太郎の両肩に手をかけて自分の身体を引っ張り上げ――。 CHU! 一瞬だけ、ついばむようなキス。 さっきから鉄面皮を崩さない承太郎もこの行動には驚いたようで、目を丸くしている。 ストン、とルイズは着地した。ほんの一秒かそこらの出来事。 心臓がバクバクする。だだだだって、今のはファーストキスだったから。 頬が熱くなる。周囲の視線が気になる。 承太郎はどんな顔をしてるんだろうと思って、見上げて、ヒッと息を呑んだ。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ なんだろう、これ。承太郎はただ立っているだけなのに、地響きが起きているような錯覚。 あまりのプレッシャーに、ルイズは思わず一歩後ずさり。 その瞬間、承太郎が叫んだ。 「いきなり何しやがる、このアマッ!」 「キャッ!」 重低音の怒鳴り声のあまりの迫力にルイズは尻餅をついた。 続いて、承太郎も膝をつく。左手の甲を右手で覆い隠しながら。 「グッ……ウゥ!? こ、これは……」 使い魔のルーン。 承太郎の左手に刻まれたものの正体を、ルイズは恐る恐る教えた。 こうして――ルイズは奇妙な服装をした奇妙な平民を己の使い魔としたのだった。 今日召喚された使い魔の中で一番クールでタフな使い魔がこの承太郎だとも知らずに。 目次 続く
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第十三章 悪魔の風 「ゲス野郎め……」 虚空から現れたリゾットはもう一度呟いた。ルイズはリゾットを見て、悟る。 リゾットは心底怒っている。以前、自分に対して見せた怒りなどとは比べ物にならないほどに。 その怒りに気圧されたのか、ワルドは杖をひき、リゾットから距離をとった。 「馬鹿な…今までどこにいた…?」 ワルドは思わず呟く。『風』属性のメイジであるワルドは、常人よりも遥かに気配や音に敏感だ。 どこかに誰か潜んでいれば、わずかな気配や音で気付いたはず。 「お前がアルビオン貴族派…『レコン・キスタ』に内通していることは分かっていた……。だから、皇太子に『サイレンス』をかけてもらった上で能力で潜んでいた……」 ある一定範囲の音を消去する風属性の魔法『サイレンス』は空気の振動を多少、抑制する効果がある。 その内側で隠密の達人であるリゾットが完全に気配を絶てば、もはやそこは何者もいない空間と同じだった。 だが、ワルドはまだ気にかかることがあった。 「裏切っていることを分かっていた、と言ったな? いつからだ? それに、分かっていたなら何故今までこうやって攻撃しなかった?」 「物取りを名乗る連中を尋問したときからだ。奴らは傭兵で、俺たちを狙っていた。 あの時点で王女の密命を知っていて、なおかつ誰かに傭兵たちを雇わせることの出来る時間があったのは、俺の知る範囲ではお前だけだ」 「ち…、金ばかり掛かって何の役にも立たん奴らだ」 吐き捨てるように言う。もはやワルドは仮面を脱ぎ捨て、野望のために全てを踏み台にする本性を剥き出しにしていた。 「俺がお前を今まで始末しなかったのは証拠がなかったからだ。 それにルイズはお前を信頼していた…。アンリエッタもこの大任を依頼するからにはお前を信頼していたんだろう……。 だから、万が一……万に一つでもお前が裏切っていない可能性があるなら……俺はそれに賭けてみたかっただけだ」 「ふ……それでわざわざ今まで隠れてこそこそやっていたわけか。ご苦労なことだな……」 嘲笑うワルドに、一歩一歩、踏みしめるようにリゾットが近づく。 「お前は利用した挙句、踏みにじったんだ……。ルイズの信頼を……、アンリエッタ王女の信頼を……、ウェールズ皇太子の信頼を……、 まるで遊び飽きた玩具を捨てるように…、古くなった衣服を捨てるように……」 組織に利用されるだけ利用され、最後は殺された自分たちのチームが重なり、リゾットのかみ締めた奥歯が鳴った。 「決して許さん……。お前は今! 彼女たちの心を『裏切った』!」 「こちらから信じてくれといった覚えはない。信じる者が間抜けなのだよ」 その言葉にリゾットが斬りかかる。だが、ワルドは羽がついているかのように高く跳躍し、刃をかわすと始祖ブリミル像の横に着地した。 「無駄だよ。君の素人剣術など、如何に速くとも当たらん」 「ルイズ…、ウェールズ皇太子と一緒にここから避難しろ。こいつは俺が片付ける」 「嫌よ!」 「そうだ。私も戦う。このような侮辱を受けて黙っていられるものか!」 リゾットの言葉にルイズ、ウェールズが反対する。 「奴の狙いはお前たちだ! ここに居られて万が一でもお前たちがやられちゃ困るんだよ……。それに皇太子、お前には指揮を待つ部下がいるんだろう! 指揮官として生きることを決めたなら、最後まで指揮官の役目を果たせ!」 ウェールズはその言葉にはっとなり、ルイズに促して外へ移動する。 「必ず勝ちなさいよ!」 「任された……」 ルイズが礼拝堂の入り口で言った言葉に背を向けたまま手をあげて応える。 「逃さん!」 ワルドが地を蹴り、風のような速さで出口に殺到する。が、突然足に痛みを感じ、転倒した。 「何だ…と?」 みると、足に針が突き立っている。ワルドはリゾットをにらみつけた。リゾットは右袖をワルドに向けている。 「貴様ァ!」 針を引き抜き、すぐさま跳ね起きる。 「あくまで貴様一人で私に勝つつもりか……。スクウェアクラスの私に」 リゾットは答えない。ただ、剣を構えることで意思表示した。その態度を見て、ワルドも冷静になる。 (気になるのは、今の針だな…。注意していたはずだが、飛んで来る針が何故読めなかった…?) リゾットが再び突進してくると、用心のために後方に跳躍しつつ、杖を振る。『ウィンド・ブレイク』の突風が礼拝堂の長椅子を巻き込みながら吹き荒れた。 飛来する長椅子を一つ二つと回避したものの、風に足を取られ、リゾットは転倒した。そこへ首へ向けて風の刃が飛ぶ。 「!」 横に転がり、腕の力を使って跳ね起きる。右腕に鈍痛が走るが、リゾットは痛みを無視した。 「『ライトニング・クラウド』のダメージが残っているようだな……。よくそんな状態で私に勝とうと思ったものだ」 ワルドが興味深げに笑う。 「一つ、尋ねたいんだが……お前にとって、命を賭けてまでルイズを救うことに何の意味がある? あの娘がお前に何かしてくれたか? お前の献身に少しでも報いたか?」 「……命を救われた…。そして心もな…」 「なるほど。だから命を賭けると言うわけか。お前を蔑む女のために」 だが、リゾットはその言葉に首を振った。 「お前と戦うのはルイズへの恩義ではない……」 「ほぅ、では何のためだ?」 「……お前のようなゲス野郎を野放しにするのは……俺の『誇り』が許さないからだ!」 叫ぶと同時に右腕から針を撃ち出し、同時にワルドとの距離をつめる。 「無駄だ!」 ワルドは杖で針を叩き落しながら詠唱を完成させ、再び『ウィンド・ブレイク』を放つ。だが、今度はリゾットは突風をかわした。 「何!?」 驚愕するワルドの鳩尾にリゾットの左拳がめり込む。身体を折ったワルドの顎に、膝が入った。 「ぐぅ…あっ!!」 急所に連続で打撃を受け、よろめきながら後退するワルドをリゾットは冷淡に見下ろした。 「二度も連続して同じ魔法を使わないことだな…。杖から扇状に風を巻き起こすその魔法は、至近距離では威力も高くなるが、かわされやすくもなる…」 「何故追撃してこない?」 「前にも言ったが……俺を余り舐めるな…。『風の遍在』を使って全力で来い」 リゾットは淡々と告げると、ワルドは一瞬、驚いた後、感心したような表情を浮かべた。 「! 平民の癖に随分博識じゃないか……」 「桟橋で襲ってきた男とお前の身のこなしが余りにも似ていた上に、隠し針に対してあらかじめ知っていたように避けたからな……。 ウェールズ皇太子に尋ねたところ、すぐに教えてくれたよ……。自分と同じ能力を持つ分身を作る魔法をな…」 「ふ……仮面で隠す程度では誤魔化しきれなかったということか……。いいだろう。風が最強と呼ばれる由縁を見せてやる」 ワルドが杖を構え、呪文を詠唱し始める。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 リゾットは手を出すことなく、それを見ていた。そんなリゾットにデルフリンガーが声をかける。 「相棒、何でわざわざ奴に奥の手を出させてやるんだね?」 「……あいつはルイズたちの信頼を裏切った……。なら、あいつも相当の対価を支払うべきだ。全力の奴と戦い、奴の自信とプライドごとそれを打ち砕く」 「おでれーた! 相棒、冷静なだけかと思ったら、存外熱いね! 暗殺者らしくねーぜ!」 「ただ殺すだけならもう終わらせている。これは暗殺じゃない……。彼女たちの尊厳を取り戻すための戦いだ……」 デルフリンガーが興奮したのか、カタカタと揺れる。 「くーっ! 惚れ直したぜ、相棒! ところで、今、思い出したことがあるんだが…」 「何をごちゃごちゃ話している」 五人に増えたワルドが、リゾットの前に立ちふさがった。 「…五人か……。ウェールズ皇太子は四人以上になれるメイジはそういない、と言っていたが…」 「スクウェアを甘く見てもらっては困る。風の遍在…。風の吹く所、何処となくさ迷い現れ、その距離は意思の力に比例する」 言うなり、五人はばらばらに動きながら呪文を詠唱し始める。リゾットは一人に斬りかかるが、杖を使って捌かれ、瞬く間に呪文が完成する。 「これだけの数の魔法、避けきれるか!!」 五人が次々と魔法を繰り出す。 至近距離で放たれた突風をかわし、右から来る風の槌を身を屈めてやり過ごし、左から来た電撃を跳躍して回避する。 「空は『風』の領域…。貰ったぞ! ガンダールヴ!」 残り二人のワルドから風の刃と電撃が放たれる。 「相棒、俺で受けろ!」 デルフリンガーが叫び、その刀身が光りだす。メタリカを発動しようとしていたリゾットは、その声に咄嗟に魔法へとデルフリンガーを振るった。 「無駄だ! 剣では防げぬ!」 ワルドが叫んだ。だが、リゾットにとどめを刺すはずの魔法はデルフリンガーの刀身に触れるなり、その中に吸い込まれる。 そして魔法を吸い込んだデルフリンガーは今研がれたかのように、光り輝いていた。 「デルフ、何をした?」 リゾットが驚きの目でデルフリンガーを見つめる。 「いやあ、てんで忘れてたぜ。テメエの本当の姿って奴を。詰まらんことばっかりだったからなあ。 ま、安心してくれや、ガンダールヴ。こっからは俺がちゃちな魔法は全部吸い込んでやるよ。この『ガンダールヴ』の左腕、デルフリンガー様がな!」 興味深そうに、ワルドはデルフリンガーを見つめる。 「なるほど…。やはりただの剣ではなかったようだな…。決闘の時、こちらの『エア・カッター』の効果が薄かった時に気づくべきだったか」 余裕を失うことなく、ワルドのうち二体が呪文を唱え、杖を青白く光らせた。 「『エア・ニードル』。杖自体が魔法の渦の中心だ。その剣で吸い込むことは出来ぬ!」 高らかに宣言すると、二人が杖で近接戦を挑み、残りの内、二人が攻撃のための呪文を詠唱する。だが、リゾットは動じない。 冷静に一人に向かって右腕の袖を向け、針を撃ち出す。 「馬鹿め! 知ってさえいればそのような仕込み弓にかかるものか!」 最後に残ったワルドが魔法を発動させ、風の障壁によってことごとく針は反らされる。 接近されたリゾットはデルフリンガーで応戦するが、右腕は完治しておらず、二対一である。徐々に防戦一方になる。 「やばいぜ、相棒! このままじゃやられる!」 デルフリンガーの叫びもむなしく、やがて攻撃のために呪文を唱えていた二人が詠唱を完成させた。接近していたワルドが退くと同時に突風が吹き荒れる。 リゾットはデルフリンガーにそれを吸わせたものの、再び詰めてきた二人のワルドの杖に、脇腹と肩を切り裂かれた。同一人物ならではのコンビネーションだ。 血が飛び散り、ワルドの衣服を汚す。膝を突いたリゾットを見下ろし、ワルドは楽しそうに笑った。 「平民にしてはやるではないか。流石は伝説の使い魔といったところか。しかし、やはりただの骨董品であるようだな。風の『遍在』に手も足も出ぬようではな!」 二人のワルドが発光する杖を振り上げる。 「これで終わりだ。今度こそ殺す!」 だが、二人のワルドの杖が振り下ろされることはなかった。 「忠告してやる……。『殺す』なんて言葉は使わないことだ……。使うくらいなら、その前に相手を確実に殺せ」 リゾットが普段と変わらぬ調子で言う。眼前の二人のワルドの杖を持った手は鋭利な刃物によって切り裂かれ、背中には無数の針が突き立てられていた。 「き、貴様……!?」 背後のワルドたちは見ていた。風の障壁によって反らされ、床に落ちたはずの針が、一人でに浮き上がり、遍在体に向かって飛んで行く様を。 もちろん、後方のワルドは何が起きたか分からないまでも、もう一度風の障壁を張ってそれらの針を反らした。だが、反らしたはずの針は再び吸い寄せられるように遍在体の背に突き立ったのだ。 (……どうやら風の遍在には鉄分が少ないようだな……。時間をかけて集めて、手の一本をどうにかするのが精一杯か…) ワルドには分かるはずもない。付着したリゾットの血と共にメタリカがワルドの遍在体に潜行し、落ちていた針を磁力で引き寄せたなどと。軌道を反らせようと、磁力で引き寄せ続ける限り、必ず針は突き立つのだ。 「な、何を…した?」 「………」 消えていく二人の遍在体を驚愕と恐怖の表情で見ながら、ワルドが問う。しかしリゾットは答えない。 裂かれたはずのその脇腹と肩の出血は既に止まっている。リゾットの体内に無数に潜むメタリカが空気中の鉄分を使用して止血したのだ。 うめき声をあげ、二人の遍在が完全に消滅した。ワルドは今の攻撃を理解できなかったが、自分がメイジとも平民とも伝説の使い魔とも違う、異質な存在を相手にしていることは理解できた。 「何なんだ…貴様…? まさか、今のは先住魔法か?」 ハルケギニアの人間にとっての恐怖の象徴である、杖を必要としない魔法を呟いた。だが、リゾットはゆっくりと首を振って否定する。 「先住魔法ではない……。これはスタンドだ……」 一歩一歩、リゾットがワルドに向かってゆっくりと近寄る。ワルドは得体の知れないものを相手にしている恐怖に駆られ、じりじりと後退し始めた。そこで、あることに気が付く。 「さあ、信頼を裏切った報いを受けてもらおうか……」 「報い? 貴様如き平民が、この私に? それは出来ないな…。なぜなら…!」 残った遍在体の一人が杖を掲げ、リゾットに襲いかかる。リゾットは剣で受けた。同時にもう一人の遍在体が風のように礼拝堂の入り口に走る。 「きゃっ!?」 「ルイズ……!?」 そこにはルイズがいた。一度逃げたものの、リゾットが心配になり、戻ってきたのである。分身し、六つの眼を持つワルドだからこそ気付いた、起死回生のチャンスだった。 閃光のように杖をひらめかせると、護衛としてウェールズがつけたメイジの側頭部を打って昏倒させ、ルイズの背後に回りこんで首に杖を突きつける。 「動くな! 動けば貴様の主人の首を貫く!」 「てめえ、汚えぞ!」 デルフリンガーが怒りの声を上げるが、ワルドはそれを嘲笑した。 「何とでも言え! 今から死ぬ者の言葉など聞く耳もたん!」 距離は約12メイル。リゾットのメタリカの射程外だった。如何にガンダールヴのスピードを持ってしても、ワルドがルイズの喉に杖を突き立てるより速く距離を詰めることはできない。 (さて……どうするべきかな……) そこに悲しそうな声が響いた。ルイズだった。 「ワルド、どうして……? なぜ、ハルケギニアの貴族である貴方が、『レコン・キスタ』に力を貸しているの?」 「我々はハルケギニアの未来を憂い、国境を越えてつながった貴族の連盟さ。我々に国境はない。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのさ」 ワルドはあくまでリゾットに注意を向けながら、ルイズの問いに答える。ルイズはうつむいた。それにあわせ、少しだけワルドの杖が引かれる。 「昔は…そんな風じゃなかったわ。何が貴方を変えたの?」 「月日と、数奇な運命のめぐり合わせだ。それが君の知る僕を変えたが、今、ここで語っている場合ではないな」 「そう……。一つだけ聞かせて、ワルド。貴方は何を犠牲にしても、そこにたどり着くのね?」 「無論だ。そのためなら、僕はあらゆる汚名を着よう」 それきり、ルイズは黙った。だが、リゾットはルイズの手の杖が徐々に持ち上げられるのに気付いた。ワルドはリゾットに全神経を向けているせいか、気付かない。 ルイズはリゾットと船の上でかわした約束を覚えていた。 『次にルイズが人質にとられるようなことがあったら、今度は自分も戦う』というその約束を。今がその時だ。せめて、脱出は自分の手で果たす。 「ワルド……。目的のために誰も彼もを犠牲にしようとする貴方はもう貴族じゃないわ……。だから……、さよなら!!」 杖を振り上げ、最も簡単な魔法の一つ、『レビテーション』を背後のワルドにかける。 くぐもった爆発音が響き、ワルドの遍在体は消滅する。だが、その至近距離での爆発はルイズ本人をも巻き込んだ。 よろめくルイズに、リゾットとルイズ、どちらからも距離があったワルドの本体が風の刃を放つ。 「やめろッ!」 叫ぶリゾットの声も届かず、風の刃はルイズを切り裂いた。ルイズの鮮血が舞う。 リゾットの脳裏で、倒れていくルイズが、ソルベに、ジェラートに、ホルマジオに、イルーゾォに、プロシュートに、ペッシに、メローネに、ギアッチョに重なり、最後に再びルイズに戻る。 視界が真っ赤に染まり、リゾットは自らの感情を抑える箍が外れる音を遠くに聞いた気がした。 ルイズに魔法を撃ったワルドの本体は、短い断末魔を耳にし、そちらを向いた。体中から針を生やした己の分身が消滅していくところだった。 リゾットの左手のルーンが今までにない輝きを発していた。その光を受け、デルフリンガーが光る。 「それが『ガンダールヴ』の力だ、相棒…。怒り、悲しみ、愛、喜び、何だっていい。とにかく心を振るわせれば、それが強さになる……。相棒?」 リゾットは聞いていなかった。その口から獣のような唸りが漏れる。 ロオオオオオオオオォォォォォドオオオオオオオオォォォォォロオオオオオォォォォ……。 見えるものが見れば見えたであろう。彼の体に潜むメタリカが、叫ぶようなうめき声を上げている様が。 尋常でないリゾットの様子と、ルイズを人質に取ることに失敗したことから、ワルドは敗北を悟った。 「くそ……この『閃光』がよもや後れを取るとは……」 右腕で杖を振り、宙に舞いあがる。その途端、ワルドの左手が爆発した。正確には、爆発するような勢いで吹き出た無数の刃物によって細切れになった。 「え……?」 ワルドは呆然と失われた左手を見る。落下していく途中、刃物は再び鉄分に戻り、消えていく。ワルドには何が起きたのか理解できなかった。 だが、原因がリゾットだということは、生物の危険を感じ取る本能で直感した。そしてこの場からすぐに逃走しないと、確実に命がないことも。 「う……ぐぁ…!」 ワルドは苦痛の呻きをもらしながらフライの速度をあげ、礼拝堂の天窓を破って逃走した。が、すぐに濃い疲労が体を包んでいることに気付く。ただでさえ戦闘で息が上がっているところに、鉄分が一気に失われたせいだった。 仕方なく、指笛を吹いてグリフォンを呼び、その背に跨り、飛び去った。 一方、リゾットはすぐにはワルドを追わなかった。ルイズに駆け寄り、傷を確かめる。風の刃が当たる直前、自ら倒れこんだせいか、幸い、急所は外れていた。 リゾットはメタリカを使い、空気中の鉄分を集めてルイズの傷を塞ぐ。先ほど昏倒させられたメイジが呻いているのを見ると、引き起こして活をいれる。 「ルイズを頼んだ」 意識を取り戻したメイジにそういうと、リゾットは去っていくワルドのグリフォンを見つめた。 「お、おい、相棒。どうするつもりだよ…?」 デルフリンガーの声に応えず、滑るように走り出す。 「おい! 相棒! 無理だよ! あいつは空飛んでるし、間に城壁だってあるんだぜ!?」 確かにすぐに城壁に突き当たった。だが、リゾットは両手を壁に付き、メタリカを発動すると、城壁の中の鉄分を媒介に自分自身の手足を貼り付け、壁を駆け上がるように登る。 あっという間に城壁を登りきると、目を丸くしてみている衛兵を尻目に、城壁を飛び降りた。ナイフとデルフリンガーを城壁に刺し、減速しながら一気に降りる。 当然、『レコン・キスタ』軍はこの奇妙な闖入者に矢を射掛けるが、矢は全てリゾットの周りに見えない球体があるかのように反らされる。 リゾットのメタリカが矢が飛んでくる方向に反発磁力を展開し、矢の軌道を反らしているのだった。 そのままデルフリンガーとナイフを構えて『レコン・キスタ』軍へと駆けて行く。遠くからでさえほとんど視認不可能な、電光のような速さだった。 その場を受け持っていた不幸な傭兵たちはこの駆けてくる何かを取り囲もうとしたが、近づいた途端、全身から無数の刃物を噴出し、血液をおぞましい黄色に変えて死んだ。 かつてない怒りによって能力が飛躍的に上昇したスタンドと、同じく怒りによって増幅されたガンダールヴのルーンによる、恐るべきメタリカのパワーだ。 磁力には本来、隙間が存在しない。全く方向性を制御されていないメタリカは、敵も味方も区別せず、リゾットの三百六十度全方位に死を呼ぶ磁力を発していた。 もっとも、幸いなことに、リゾットが駆けていく方向には敵である『レコン・キスタ』しか存在しなかったのだが。 猛スピードで黒い何かが駆けると、その周辺にすべてを切り裂く風でも吹き荒れているようにメイジも傭兵も関係なく、例外なく人が死ぬ。 リゾットが突然城壁を降りて奇襲してきたこともあり、正体を把握できる者は誰一人おらず、その一帯は大混乱に陥った。 何人かのメイジは混乱の中、黒い影にしか見えない『それ』を何とか認識し、魔法を放ったが、命中したと思った途端、魔法はかき消された。 あるいは、命中したはずなのに、まるで意に返さないように『それ』は動き続けた。 呆気に取られるメイジたちにも次の瞬間にはその影は迫ってきていて、やはり体中を切り裂かれて死んだ。 元々反乱した貴族たちが集まった烏合の衆である。裏切りが出たとの誤報を信じ、同士討ちを始める者たちまで出た。 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。 リゾットの暴走はワルドが完全に見えなくなるまで続いた。 さて、何とかグリフォンに乗って逃れたと思ったワルドは、眼下の自軍が大混乱を起こしているのを見つけ、それがリゾットによって引き起こされているものだと思い当たった。 (自分を追ってきている…!!) それに気付いたとき、ワルドは迎えに来た『レコン・キスタ』の竜騎士の風竜を奪い取ると、恥も外聞もなく全力で逃げ出した。 ワルドは恐ろしくてたまらなくなったのだ。あの黒衣が。あの暗黒の眼が。あのどこからか吹き出す刃物が。 知らず、ワルドは叫びを上げていた。恐怖の叫びだった。 一方、正門にて指揮を執り、決死の抵抗をしていたウェールズは、急に攻撃の手が休まったことに首をかしげつつ、態勢を立て直していた。 リゾットの奇襲によって大混乱に陥った『レコン・キスタ』は、一度退かざるを得なくなったのだ。 そこに伝令が入る。ラ・ヴァリエール嬢の使い魔が突如城壁を越え、『レコン・キスタ』軍に大打撃を与えたと。 「馬鹿な。彼は平民だぞ? いくら腕が立つとはいえ、一人で何ができるというのだ」 「し、しかし、ラ・ヴァリエール様につけた護衛からも証言が入っております。あのリゾットという使い魔が瞬く間に城壁を越え、その向こうに突撃して行ったと」 「それでは叛徒、ワルド子爵はどうなったのだ?」 「奴は逃げた…」 声に振り向くと、リゾットが壁にもたれて立っていた。全身にいくつかの傷を負っているようだったが、奇妙なことにほとんど全ての傷からの血はとまっているようだった。 「使い魔殿! その怪我は…?」 「問題ない…。火の魔法は極力避けたが、風や氷までは吸い込みきれないのがあっただけだ」 「では……やはり使い魔殿が?」 リゾットは否定も肯定もしなかった。そこにデルフリンガーがため息混じりに呟く。 「全く、相棒は無茶しすぎだぜ。もう身体、ほとんど動かねえだろ?」 「ああ……。傷はそこまで重くはないはずだが……」 「ガンダールヴの力は無限じゃねえんだ。無茶すればそれだけ『ガンダールヴ』として動ける時間は減るぜ。何せ、お前さんは主人の呪文詠唱を守るためだけに生み出された使い魔だからな。 ま、あそこまで動けたのはお前さんが普段から訓練を欠かさないで培った並外れた体力と精神力のお陰だろ」 主人という単語を聞いた瞬間、リゾットの口は勝手に動いていた。 「皇太子……ルイズは?」 「ラ・ヴァリエール嬢なら無事だ。水のメイジの治癒を受けて、今は安静にしている。一度意識を取り戻して、君の行方を聞いていたよ」 「そうか……。こんな戦場で貴重な治癒をかけてもらって、感謝する」 「何の。国賓を見殺しにしたとあってはわが王国の最後に泥を塗るようなものだからな。君も治療を受けたまえ」 そういって、無理に微笑む。リゾットも分かっていた。『イーグル』号は既に出航しており、ワルドのグリフォンは飛び去った。逃げる方法はないのだ。 いや、リゾット一人ならば何とかなったかもしれない。だが、リゾットは恩人を見捨てて逃げる気はなかった。 「ああ……治癒をかけてもらったら、俺も戦う」 「そうか……」 ぴくぴくとデルフリンガーが震える。 「ま、仕方あるめーよ。相棒は『ガンダールヴ』で、貴族の娘っ子は相棒の主人だしなあ。短い付き合いだったが、楽しかったぜ、相棒」 「ふざけたことを言うな、デルフ」 「あん?」 「俺はまだ『栄光』を掴んでいない。そして地球に戻ってやるべきことを果たしていない……。ルイズを守って、必ず生き延びる」 「五万……いや、もうちょっと少なくなったか……相手で、もう相棒の体力は底をついてるのにか?」 「『恩人を守る』……、『栄光を掴む』……。『両方』やらなきゃいけないのが辛いところだが…。そんな奴を相棒に持ったことを不幸だと思って覚悟を決めろ、デルフ」 「いや、やっぱり相棒はすげぇわ。そうこなくっちゃな。なぁに、五万くれーなんとかなるさ。俺とお前は伝説だものな」 それを見ていたウェールズは苦笑した。 「やれやれ、君たちはあくまで希望を失わないんだな……。ともかく、ラ・ヴァリエール嬢のところへ行ってあげたまえ。水のメイジもそこにいる」 「ああ……」 足を引きずるようにして立ち去ろうとしたリゾットを、ウェールズが呼び止める。 「そうだ…。君にこれを…。君の働きにはそれだけの価値がある」 そういって、指に嵌めていた風のルビーを、リゾットに手渡した。 「……俺はお前たちのために戦ったわけじゃない」 「そうだろうね。だが、結果的にしろ、五万を足止めしてくれたことに対するお礼の気持ちだよ。礼をしたくとも私には他に渡すものがないのだ」 「分かった……」 「君がここに戻ってくるまでに、ここが持ちこたえるかどうか分からない。だから、さらばだ。勇敢な使い魔殿」 「ああ……。始祖ブリミルの加護があらんことを…」 リゾットは神を信じているが、神に頼ったことはない。暗殺者が神に縋るなど不遜だと考えていた。 それでもリゾットはこの瞬間、会った事もない始祖ブリミルの加護がウェールズにあることを祈った。死ぬことを決めた人間に、他に何をしてやればいいか分からないからだ。 眠るルイズの下に行き、水のメイジに『治癒』を施してもらう。治癒をかけたメイジは自らも戦場へと出立していった。 リゾットはすぐに全快するわけではないので、そのまま安静にして体力の回復を図る。いずれ敵がやってくる、その時に備えて。やがて怒号と爆発音が城内に響き始めた。 「そろそろだな……」 「気楽に行こうか、相棒」 リゾットはデルフリンガーを掴んで立ち上がる。 その時、突然床石が盛り上がったかと思うと、巨大なモグラが顔を出した。 「お前は…ヴェルダンデ?」 数日前に見たギーシュの使い魔のジャイアントモールがそこにいた。続いてギーシュが顔を出す。 「コラ! ヴェルダンデ! どこまでお前は穴を掘るつもりなんだね! いいけど! って…」 ギーシュがリゾットとルイズに気付く。 「おお! 君たち! ここにいたのかね!」 「そちらこそ何故、ここにいる?」 「いや、何。あの仮面のメイジを撃退した後、僕たちは寝る間も惜しんで君たちの後を追いかけたのだ。なにせこの任務には、姫殿下の名誉がかかっているからね」 「どうやってこの大陸に……」 そこまで言って、リゾットは思い当たった。 「タバサのシルフィードか」 「せいか~い。さっすがダーリン。頭いいわね」 ギーシュの傍らにキュルケが顔を出す。 「アルビオンについたはいいが、何せ勝手が分からぬ異国なのでね。でも、このヴェルダンデがいきなり穴を掘り始めた。後をくっついていったら、ここに出たのさ」 巨大モグラは嬉しそうにルイズの指に光る『水のルビー』に鼻を押し付けている。 「すごい鼻だな。そんな遠くからでも『水のルビー』のにおいがわかるとは」 リゾットは素直に感心した。使い魔がほめられたのが嬉しいのか、ギーシュは誇らしげだ。 「ねえ、聞いて。私たち、あの仮面のメイジを逃がしちゃった。フーケの方は何故かこっちについてくれたんだけど、その場で別れたし。いいところないわね……。ごめんなさい」 キュルケが顔に付いた土をハンカチでぬぐいながら謝る。 「いや……あの傭兵たちをひきつけてくれただけで十分だ…。それよりも、敵が来る。逃げるぞ」 「逃げるって、任務は? ワルド子爵は?」 「任務は果たした。ワルドは裏切った。後は帰還すれば終わりだ」 「なぁんだ。よく分かんないけど、もう、終わっちゃったの」 キュルケがつまらなそうに言う。 リゾットはルイズを抱えて穴にもぐる。一瞬、ウェールズを呼びに行こうかと思ったが、無駄なことだと頭からその考えを追い払った。 祈ることの他に出来ることがあるとすれば、アンリエッタにその言葉を伝えることと、彼が生きていたことを覚えていることだけだろう。 ルイズは夢の中をさ迷っていた。 故郷のラ・ヴァリエールの領地の夢である。 忘れられた中庭の池に浮かぶ小船で、ルイズは佇んでいた。悲しいこと、辛いことがあると、ルイズはいつもここに隠れて寝ていたのだ。 そしていつもワルドが来て、ここから連れ出してくれた。 もう、ワルドはここにはやってこない。彼は貴族の誇りを捨て、薄汚い裏切り者に堕ちた。 ルイズは小船の上で立ち上がった。ここにいつまでもいるわけにはいかない。ここから出なくては。 だが、見渡すと、池は深く、オールもない。どうやって帰ればいいのだろう。 誰かに助けを求めようと見渡すと、岸に黒衣の男が座っていた。 「助けて…」 男にそういってみるが、彼は首を振った。 「そこに行ったのはお前だ。自分で戻れ」 「でも、オールがないわ…」 呟くと、男がオールを水面にすべるように流してきた。それを一生懸命漕いで岸に向かう。 何故か漕いでも漕いでも岸にたどり着けない。あと少しというところから進まない。 ついに疲れ果て、ルイズはオールを投げ出してしまった。 黒衣の男はため息をついた。 「何よ……」 その男…リゾットをにらみつけると、リゾットは水に入り、ルイズに手を伸ばした。 「来い」 相変わらず淡々と言うリゾットの手を取り、ルイズは岸に跳んだ。 「どっちがお屋敷だっけ?」 訊くと、リゾットは首を振る。 「お前の道だ。お前が決めろ。俺はついて行ってやる」 「何よ、使い魔のくせに『ついて行ってやる』、なんて生意気ね」 ルイズはぶつぶつ言いながら歩き出した。後についてくる気配を心地よく感じながら。 眼を覚ました。風が頬を撫でる。ギーシュ、キュルケ、タバサが見えた。風竜の上にいるのだと、すぐに分かった。 どうやら自分は助かったらしい。だが、それに安堵するより先に、リゾットの姿が見えないことが不安になった。 自分が気を失う前、リゾットとワルドは戦っていた。 今、自分が生きているということはリゾットが勝ったのだろうが、それで恩を返したと判断すればいなくなってしまうかも知れない。 そう思った途端、ルイズは跳ね起きた。 「どうした?」 後ろから淡々とした抑揚のない声がする。振り向くとリゾットが居た。 その相変わらずの無表情を見ると、安心するよりも先に何故だか怒りが湧いてきた。 ルイズはとりあえずリゾットに殴りかかる。簡単にかわされた。 もう一回殴りかかる。またかわされた。 「殴らせなさい」 「何故だ?」 「なんとなく」 「断る」 もう一回殴ろうとした。今度は拳を受けられ、手をつかまれた。顔が赤くなるのを自覚する。 「離しなさい」 「分かった」 あっさり離されると、何故かまた怒りが湧いてきた。殴りかかる。かわされる。 「……あの二人、何してるんだい?」 ギーシュが呆れて二人を見ていた。キュルケが笑う。 「じゃれ合ってるだけよ」 「コミュニケーション」 タバサが呟いて、風竜の速度を上げた。 アルビオンのニューカッスル城にて、王党派と貴族派が行った決戦は、貴族派の勝利に終わった。 だが、勝利した貴族派の蒙った損害は予想をはるかに越えるものだった。 王党派三百に対し、損害は五千。 王党派は皇太子ウェールズを始め、最後の一兵に至るまで抵抗し、文字通り全滅した。 だが、この戦いの最中、王党派が放ったという何者かの正体はついに判明しなかった。 それは突然現れ、目にも留まらぬ速さで戦場を駆け、魔法をかき消し、近づくもの全てを切り裂いたのだという。 この何者かの情報は上層部に報告として上げられることはなかった。 あまりに荒唐無稽で、信じてもらえるとは思えなかったからである。また、何者であれ、たった一人に軍が退けられたなどとは報告できるわけがない。 だが、その場にいた者たちで運良く生き延びたものたちは噂しあった。 アレはエルフの魔法剣士だ。 アレは伝説の幻獣だ。 そんなものはいない、ただの伏兵だ。 正体不明のそれは、やがてこう呼ばれ、レコン・キスタの兵の中に浸透していった。 『悪魔の風』と。
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第八章 王女殿下の依頼 土くれのフーケとの戦いから一週間が経過していた。今日もリゾットはルイズについて授業へ向かう。 フーケを捕まえた話はすっかり広まり、一時期は周囲がルイズを見る眼も変わったが、相変わらず失敗魔法で爆発を起こしてばかりなので、きっとキュルケとタバサの力によるところが大きいに違いない、ということになっていた。 結局、今もルイズは『ゼロ』と呼ばれて馬鹿にされている。 リゾットはそれを何とかしてやりたいとは思いつつ、傍観していた。 他人が力を貸してもどうにもならない。ルイズ自身がどうにかしなければ汚名は返上できないのだ。 キュルケやタバサ、ギーシュに挨拶して席(といっても未だに階段なのだが)に着く。 その日の授業はギトーという講師による風属性の長所の講義だった。 リゾットはなるべく積極的に魔法の授業に出て、魔法について学んでいるが、それぞれの教師によって意見が違うのを興味深く聞いていた。 たとえばこのギトーは風こそが最強かつ最重要であるという主張だが、シュヴルーズは土こそが最も重要であるという主張だった。 キュルケが火を最強だと公言して憚らないところを見ると、自分の得意系統に関してはみな、こだわりがあるらしい。 「さて、『風』の最強たる由縁を教えよう。ミス・ツェルプストー、試しにこの私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてみたまえ」 キュルケはぎょっとしたようだが、ギトーの挑発に乗って呪文を唱え始める。直径1メイルほどの火球をつくり、ギドーにぶつけようとする。 しかしギトーが杖を振ると突風が起こり、キュルケの炎が消される。その突風は火球の向こうに居たキュルケ自身も吹き飛ばした。 「諸君、『風』が最強たる所以を教えよう。簡単だ。『風』は全てなぎ払う。『火』も『水』も『土』も、『風』の前ではたつことすらできない。残念ながら試したことはないが、『虚無』さえ吹き飛ばすだろ。それが『風』だ」 キュルケは立ち上がると、不満そうに両手を広げた。 (……今のは単にギドーの魔力がキュルケのそれより上だという証明だろう…) フーケは錬金を使って風と炎をしのいだし、火は空気の燃焼なのだから、大爆発を起こせば風を吹き飛ばすことも可能だろう。 正面からの力試しでさえそうなのだから、戦いではどれが最強などということはない。リゾットはギトーの偏った授業に退屈してきた。 ギトーがなおも授業を続けようとしたそのとき、突然、教室の扉が開き、緊張した顔のコルベールが現れた。 ちなみにリゾットが最も楽しみにしているのはコルベールの授業である。 本人は火の系統を得意とするらしいが、火の力の破壊以外の有効利用法の研究に熱心で、それゆえ、授業も応用性が重視され、聞いていて実に面白かった。 故に、リゾットはコルベールには一目を置いているのであるが……そのときのコルベールは実に珍妙な格好をしていた。 頭に馬鹿でかい、ロールした金髪のカツラ、ローブの胸にはレースの飾りやら刺繍がついている。 まるで出来の悪い芝居に出てくる、演出家が何か間違えてしまった貴族の役である。 ギトーが授業中だと抗議すると(この男、格好に対しては全てスルーした)、コルベールは授業の中止を告げた。 歓声に湧く生徒に、続いてコルベールが何か発表しようとのけぞると、頭にのっけた馬鹿でかいカツラがとれて、床に落ちた。 教室中がくすくすと笑いに包まれる。一番前に座っていたタバサがコルベールのU字禿を指して、ぽつりと呟いた。 「滑りやすい」 教室が爆笑に包まれた。キュルケが笑いながらタバサの肩をたたいて言う。 「あなた、たまに口を開くと、言うわね」 が、笑われたコルベールは顔を真っ赤にさせると、大声を張り上げた。 「黙りなさい! ええい! 黙りなさい、こわっぱどもが! 大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ! これでは王室に教育の成果が疑われる!」 教室中が静まり返る。普段は温厚なコルベールの剣幕に、気がつくとギトーは素数を数えていた。 コルベールは気を取り直すと、厳かな口調で、この学院にトリステインの王女がやってくる、と告げた。 (…フーケはこのことを伝えたかったのか…) 実はフーケが二日前に手紙で情報を知らせてきたのだが、リゾットは未だに名詞しか読めないため、『王女』と『学院』という単語しか読めなかったのだ。 フーケに文字が読めないことを伝達し忘れたリゾットのミスだった。誰かに読んでもらうことも考えたが、内容が分からない以上、危険と判断して放置していたのだった。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」 アンリエッタ王女が馬車から降り、緋毛氈の絨毯の上にその姿を現すと、生徒から歓声があがった。王女が微笑みを浮かべて優雅に手を振ると、さらに歓声は大きくなる。 (王女はずいぶんと人気があるようだな……) ここの生徒が貴族であり、その忠誠の対象である王女の人気がないわけはないのだが、生徒の反応を見るに、それだけでなく容姿に対する人気も加味されているのだろう。 とはいえ、例外はいるもので、外国からの留学生のキュルケといつもどおりのタバサはあまり興味がないようだった。タバサなど座って本を広げている。 「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの…。ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」 キュルケが詰まらなさそうに呟いて、リゾットに尋ねる。 「さあな……」 実のところ、リゾットもあまり王女を見ていなかった。王女の周辺を固める護衛の錬度を測っていたのだ。 流石に王族の護衛につくだけあった。特にグリフォンに跨った、見事な羽帽子の隊長らしき貴族からは隙というものが感じられない。 実際にやるつもりは毛頭ないが、リゾットが王女を暗殺するとしたらあの男のいない隙を狙うだろう。 キュルケもリゾットの視線を追ってその貴族を見つけると、視線が釘付けになり、顔を赤らめた。 一通り護衛全体と個人ごとの錬度を見終わると、リゾットはやけに静かな主人に視線を移した。 ルイズもキュルケと同様、隊長に眼を奪われていたが、その表情は単純にいい男に見とれるものとは微妙に違う様子だった。 その後、ルイズは幽鬼のような足取りで部屋に戻るなり、ベッドに腰掛けてぼーっとしている。 心ここにあらずという有様で、ベッドに腰掛けたり立ち上がったり枕を抱いてみたり放してみたり落ち着きがない。 リゾットは声をかけてみたが、何も反応がないのでしばらく放っておくことにして、厨房に顔を出すことにした。 厨房はまさに大忙しのようだった。あわただしく働いていたシエスタがリゾットに気がついてやってくる。 「リゾットさん、こんにちは」 「ああ……。忙しいようだな」 「ええ。急に王女殿下をお迎えすることになったので、お出しする料理の仕込みなんかで厨房は蜂の巣をつついたような騒ぎです。あ、でもリゾットさんならいつ来ても歓迎ですよ! 何かお出ししましょうか?」 そう言われたが、リゾットは首を振った。 「いや……、多分、忙しいと思って……。手伝いに来た」 その途端、シエスタが嬉しそうに笑った。シエスタの笑顔は裏がないので、見るたびにリゾットは反応に困る気持ちになる。 「本当ですか? ありがとうございます! じゃあ、悪いんですけど、倉庫から小麦粉の袋を四つ取ってきてください」 「分かった……」 しばらくの間、リゾットは薪割り、皿洗い、各食材の移送などを手伝いながら、合間に厨房の人々に王女について聞いてみた。 王女の人気は平民の間でも上々のようだった。しかし、一方で王女自体はほとんど政治的には飾りも同然で、実際に政治を行っているのは枢機卿のマザリーニという男だとも聞いた。 (当然だが、権力だけあって責任を取る必要がないギャングのボスとはだいぶ違うな……) ギャングの世界は実力主義なので、力さえあれば権力を手に出来るが、ボス以外は同時に責任も背負うことになる。 もっとも、責任を果たすか、部下や他人にうまく擦り付けるかはそいつ次第で、後者が多かったのも事実だが。 実権もないのに面倒な責任と期待がかかる王女という立場に、リゾットは他人事ながら少しだけ同情した。 厨房での仕事を終えると、言語の勉強のために図書室へ行った。 すると、いつもの場所でタバサが本を読んでいた。 今現在はアンリエッタを歓迎する式典が開かれている。 放心しているルイズはともかく、生徒は皆そちらに出席しているはずなので、タバサがいるのはおかしい。 ちなみに、使い魔のリゾットにはもちろん、出席義務はない。 「……式典には出ないのか?」 尋ねると、首が縦に振られた。本が差し出される。中を見ると、走っている人間の絵と、その下に文字が書いてある。 「これは?」 「そろそろ、貴方は動詞も学ぶべき」 タバサが呟いたので、リゾットは納得した。 「わざわざ探してくれたのか。感謝する」 またタバサの首が縦に振られた。 「わからないことがあれば、訊いて」 リゾットは座って本を開くと、ついでに訊いてみることにした。 「タバサ、お前はあの王女のことをどう思う?」 「興味ない」 何故か微妙にいつもより冷たい口調で即答した。 「そうか…」 何か気に障ったのだろうか、と思いつつ、リゾットは本を読み始めた。 やがて夜になった。 リゾットが部屋に戻ってくると、ルイズは一瞬だけリゾットを見たが、また心を遠征させた。 心が遠いところに行っている人間に何か言葉をかけても無駄なので、デルフリンガーの手入れをする。 「いやあ、相棒は俺に構ってくれることが多くて嬉しいねえ」 メタリカが復活した以上、必ずしもデルフリンガーを使う必要はないのだが、大剣の威力と、大質量の剣を生成する手間を考えると、やはりデルフリンガーを使うのが最適なような気がした。 上機嫌のデルフリンガーの相手をしている最中、リゾットは外から人の足音がするのを聞き取った。 学院なのだから足音があってもおかしくないが、その足音が音を殺そうとしているとなれば、話は違う。 フーケかとも思ったが、フーケならばこんな素人丸出しの隠密はしないだろう。第一、ルイズがいる部屋に来るとは考えにくい。 足音の主に殺気はないが、用心のため、デルフリンガーを置き、隠し持っているナイフの位置を確認する。 「どしたね、相棒?」 「…ん? どうしたの、リゾット?」 疑問の声を上げるデルフリンガーと、やっと戻ってきたらしいルイズを手で制し、扉の脇に移動した。 足音がルイズの扉の前に止まった。同時にリゾットが扉を開ける。真っ黒な頭巾を被った女と眼が合う。女はいきなり扉が開いたことと、リゾットの奇怪な瞳を見たことで硬直した。 次に叫び声をあげそうになったため、リゾットは女の口を塞ぎ、そのまま女を部屋に引きずりこんだ。ついでに扉は足で閉める。 「ちょっと! 何やってるのよ、リゾット!」 あっけに取られていたルイズがようやく声を上げた。 「こんな時間に足音を殺して近づいてくる人間に警戒するのは当然だろう…。この部屋の主は仮にも公爵家令嬢だしな……。それに……叫ばれたんじゃあ……、お互いにとって面倒になる」 「え……?」 声をあげないことを確認して、リゾットは女を解放した。 女は息を整えると、声をあげないように口元に指をやる。そして頭巾と同じ漆黒のマントから杖を取り出すと、短くルーンを呟き、杖を軽く振った。 「……探知(ディテクト・マジック)?」 「どこに耳や眼があるかわかりませんからね…」 女はどこにものぞき穴や魔法の耳がないことを確かめると、やっと頭巾を取った。 「姫殿下!」 ルイズが慌てて膝を突くと、女…王女アンリエッタは涼しげな、心地よい声で答えた。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」 王女は感極まった表情を浮かべると、膝を突いたルイズを抱きしめる。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「姫殿下……! いえ、それよりも…まずはあの男のご無礼、お許しください。使い魔の不始末は主の不始末……。なんなりと罰を下さりますよう…。ほら、リゾット、あんたも謝りなさい!」 「申し訳ない。少し、判断が性急過ぎた」 リゾットは頭を下げた。判断としては的確でも無礼は無礼だ。 が、アンリエッタはそんなことはどうでもいいようだった。 「いいのよ、ルイズ! 貴女を守ろうとしての行動だったのだから! それより、そんな堅苦しい行儀は止めてちょうだい! 貴女と私はお友達! お友達じゃないの!」 「勿体ないお言葉でございます、姫殿下」 「やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をして寄ってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族たちもいないのですよ! ああ、もう、わたくしには心を許せるお友達はいないのかしら。昔馴染みの懐かしいルイズ・フランソワーズ、貴女にまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!」 「姫殿下…」 ルイズは顔を上げた。そこからは二人の幼馴染の懐かしい昔話が続いた。 要約すると、ルイズとアンリエッタが幼馴染で、幼いころ、遊んだり取っ組み合いの喧嘩をした、というようなことだった。 二人が盛り上がっている間、リゾットは部屋の隅に控えていた。そこにデルフリンガーが話しかけてくる。 「なあ、相棒よぉ…。俺、あのテンションについていけねーんだけど…」 「同感だ……」 やることもないので、リゾットはアンリエッタを観察していた。地位が上の人間が密かに訪ねてくるのは大抵、碌でもないことが起きる予兆だからだ。 それはリゾットたちが暗殺チームだったからかもしれないが、ともかく用心しておくことにした。 王族の生まれのせいか、言葉や素振りが一々芝居かかっているのも、リゾットの警戒心を掻き立てた。 そうこうしていると、二人の会話のテンションが急に下がった。 「結婚するのよ。わたくし」 「………おめでとうございます」 沈んだ声で告げられた結婚報告が望んだものでないことはほぼ確実だ。それに答えるルイズの声も自然と暗くなった。 せっかく会えた旧友との会話が奇妙な方向に進みかけたことにあせったアンリエッタが、リゾットに視線を移す。 「そういえば、ごめんなさいね。お邪魔だったかしら?」 「お邪魔? どうして?」 「だってそこの方、貴女の恋人なのでしょう? いやだわ。わたくしったら、つい懐かしさにかまけて、とんだ粗相をしてしまったみたいね」 「はい? 恋人? アレが?」 「人の相棒をアレよばわりかい。貴族の娘っ子」 思わずデルフリンガーが抗議の声をあげると、アンリエッタは眼を丸くした。 「あら? その剣、インテリジェンスソードなのね」 「え、ええ…。それはそうと…姫様! アレはただの使い魔です! 恋人だなんて冗談じゃありません」 ルイズは首を思いっきり振って否定した。 「いやだわ、ルイズ。私が言ってるのはそこの彼のことよ。いくら使い魔として珍しくてもインテリジェンスソードが恋人だなんて勘違いしないわ」 ややピントのずれた言葉が返ってきた。どうやらデルフリンガーが使い魔だと思ったらしい。 「いえ、そうではなく! そこの男が私の使い魔です!」 「え? ………」 まじまじとリゾットを見る。なるほど。確かに眼が奇妙だ。自分が知らない亜人なのだろう。 「ごめんなさい。人にそっくりだから勘違いしてしまいましたわ」 「「人だ(です)」、姫様。確かに多少、瞳が変ですが」 ルイズとリゾットが同時にツッコミを入れる。 「そ、そうなの…。ごめんなさい。……そうよね。ルイズ・フランソワーズ、貴女って昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」 「好きでアレを使い魔にしたわけじゃありません」 ルイズは憮然として答える。そこに、アンリエッタが再びため息をついた。 「姫様、どうなさったのですか?」 「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……。いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに頼めるようなことじゃないのに……わたくしってば……」 「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくってことは、何かとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」 「……いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい、ルイズ」 「いけません! 昔はなんでも話し合ったじゃございませんか! 私をお友達と呼んでくださったのは姫様です。そのお友達に、悩みごとの解決を託せないのですか…?」 ルイズの真剣な口調に、ついにアンリエッタも決心したらしく、嬉しそうに微笑んだ。 「わたくしをお友達と呼んでくれるのね。ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」 頷いて、語り始めた。 「今から話すことは、誰にも話してはいけません」 それからリゾットをちらりと見た。 「そのくらいの分別はある……。が、問題はルイズ、お前だ」 「何よ? 私が秘密を漏らすって言うの?」 「違う。……いいか? 王族なんて連中の秘密を知るってことは……不都合が出てきたときに消される可能性があるってことだ……。 そして…、秘密を聞いた以上、その後に来る頼みを断ることはできない。……そこまで覚悟して聞くんだな?」 「私たちが消されるですって!? 姫様を侮辱する気!?」 気色ばむルイズを無視して、淡々とリゾットが諭す。 「……俺は王女を信頼できるほど良く知らない…。 だが、上に立つ人間の秘密を関わるということは命を賭ける『覚悟』が必要だ……。お前にその『覚悟』はあるか?」 ソルベとジェラートが死んだのはボスの秘密を探ったのが原因だった。 組織にほとんど不要になった暗殺チームが飼い殺しにされたのは組織の後ろ暗い秘密の数々に関わったからだった。 「あるわ! 私は姫様のためなら命を賭ける!」 二人がしばし睨み合う。リゾットはそれなりに意思をこめて睨みつけたのだが、ルイズの視線はぶれなかった。 やがて、リゾットはため息をついて壁に寄りかかる。 「………わかった。ならば俺もお前に従い…、命を賭けよう」 「ルイズ、貴女の使い魔は主想いなのですね」 そのやり取りを見ていたアンリエッタが感心したように声を出す。 「礼儀知らずなだけです」 「いいえ。確かに礼は失しているところもありましたが、彼の言葉は貴女を思ってのことです。彼のような使い魔を従えられることを、羨ましく思います」 「光栄です。……姫様の買いかぶりだと思いますが」 「それよりも続きをお話ください」 「ええ。分かりました…」 アンリエッタは再び沈んだ調子で語り始めた。 現在、アルビオンでは貴族による反乱が起きており、王室は今にも倒れそうなのだという。 反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに攻めてくることが予測されるため、トリステインはゲルマニアとの同盟を画策している。 そのための条件としてアンリエッタとゲルマニア皇帝の結婚があるのだという。 いわゆる政略結婚であり、アンリエッタ自身が望むものではないが、アンリエッタは王族としての責務としてそれを実行することにしたのだという。 「なんてこと…あの野蛮な成り上がりどもの国に、姫様が嫁がなければならないなんて……!」 「仕方がないの。成り上がりの国とはいえ同盟を結ぶためなのですから…」 そういいつつも、アンリエッタの表情と口調は暗い。 リゾットはゲルマニアについて、キュルケに聞いた話を思い出していた。 ゲルマニアは国の中では歴史が浅く、金を積めば平民でも貴族になれるのだという。それゆえ、他の国々から嫌われているのだった。 (どこにでもあるものだな……) イタリアでも北イタリアと南イタリアの間では貧富の差があり、南イタリア出身者が何らかの成功を収めても、 北イタリアの人間からは「成り上がり」とどこか蔑むような眼で見られることが多い。 ハルケギニア諸国、そしてその民のゲルマニアを見る眼はそれに似ているのだろう。 アンリエッタの話は続く。 トリステインとゲルマニアの同盟は当然、反乱軍には好ましくないため、反乱軍はこの同盟をぶち壊すための材料を探しているのだそうだ。 「では、もしかして、姫さまの婚姻を妨げるような材料が…?」 「おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお許しください……」 アンリエッタが顔を両手で覆い床に崩れ落ちた。別に嘘というわけではないだろうが、意識的にしろ、無意識にしろ、かなり大げさに演出しているようにリゾットには見えた。 何でも、アンリエッタがアルビオンの皇太子ウェールズへ送った手紙(明言はしなかったがおそらくは恋文の類)があるらしく、 それがゲルマニアに対して明るみになった場合、即座に結婚は破談になり、トリステインは一国でアルビオン反乱軍と戦わねばならなくなるのだという。 「では、姫様、私に頼みたいことというのは…?」 「無理よ! 無理よ、ルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」 「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向かいますわ! 姫さまとトリステインの危機を、 このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけには参りません!」 ルイズは膝を突いて恭しく頭を下げた。 「『土くれ』のフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」 「ルイズはあんたのために命を賭ける覚悟をした。それに応えるんだな……」 なおもアンリエッタは迷っていたようだが、 リゾットの口ぞえで決心したようだった。 「覚悟に応える……。そうですね……。ルイズ、わたくしの力になってくださいますか?」 「もちろんです! なんなりと」 「では……アルビオンに赴き、ウェールズ皇太子を探し、手紙を取り戻す任、貴女に託します」 「一命に変えましても。急ぎの任務なのですか?」 「アルビオンの貴族たちは、王党派を国の隅までおいつめていると聞き及んでいます。敗北は時間の問題でしょう」 「分かりました。では早速、明朝にでも、ここを発ちます」 それを聞いた後と、アンリエッタはリゾットに向いた。 「使い魔さん。貴方はさきほど、わたくしが秘密を知ったルイズと貴方を抹殺する可能性を示唆していましたね?」 「ああ…」 「恥ずべきことですが、先ほどの使い魔さんの言葉を聞くまで、お二人に命を賭けてもらうということを、わたくしは忘れておりました。いえ、意識しないようにしていたのかもしれません」 アンリエッタは杖を掲げた。 「あなた方と等価の危険を背負うわけでもないし、ただの言葉ではありますが、わたくしも、ここに始祖ブリミルの名において誓いましょう。 わたくしがこの件について二人に不義をなすことあらば、わたくしは地獄の業火で焼き尽くされることを」 「三人だ」 「え?」 リゾットの言葉に、アンリエッタが聞き返す。 「三人だ。ルイズと、俺と……」 扉を思いっきり開ける。 「うひゃぁ?」 そこにはギーシュが居た。突然戸が開いたのに驚き、尻餅をついている。 「ギーシュ! あんた! 立ち聞きしていたの? 今の話を!」 「いや、その……」 「ずっと聞いていたはずだ。扉の前でこいつの気配を感じたからな…。つまり、あの警告も聞いて……『覚悟』したわけだ」 ギーシュはその言葉で突然立ち上がって敬礼した。 「姫殿下! その困難な任務、ぜひともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう!」 「グラモン? あのグラモン元帥の?」 アンリエッタが突然の事態についていけず、きょとんとしてギーシュを見つめた。 「息子でございます。姫殿下!」 ギーシュが恭しく一礼をした。 「貴方も、わたくしの力になってくれるというの?」 「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます」 「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、貴方もその血を受け継いでいるようね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助けください、ギーシュさん」 「姫殿下が僕の名前を呼んでくださった! 姫殿下が! トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みの君がこの僕に微笑んでくださった!」 ギーシュは感動のあまり、キリキリと回転すると、後ろにのけぞって失神した。 「……大丈夫か、こいつ?」 「味方になるならいいかと思って放っておいたが、失敗だったか…」 デルフリンガーが呟きに、リゾットがため息混じりに答えた。 「では明日の朝、アルビオンに向かって出発いたします」 ルイズがアンリエッタに提案する。ギーシュのことは完璧なスルーである。 「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」 「了解しました。以前、姉たちとアルビオンを旅したことがございますゆえ、地理には明るいかと存じます」 「旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族たちは、あなたがたの目的を知ったらありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」 そういうとアンリエッタは手紙を書き始めた。一度、筆を止めたようだが、始祖への謝罪を口にし、朱に染まった顔で最後に一文を書き加える。 書き終わると、手紙を巻き、杖を振る。すると、手紙に蝋封がなされ、花押が押された。その手紙をルイズに渡す。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙をお渡しください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」 それからアンリエッタは右手の薬指から指輪を引き抜くと、ルイズに手渡した。 「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払って旅の資金に当ててください」 「そんな……そこまで…私に信頼を…」 ルイズは感極まった様子で、深々と頭を下げた。 「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、貴方がたを守りますように」 暗い廊下の中、リゾットは帰路に着いたアンリエッタに続いて歩いていた。 ルイズが「姫様に何かあったら大変だから、途中まででもいいから送っていきなさい」と言ったのだ。 ちなみにギーシュはその時、まだ失神したままだったので部屋に放り込んでおいた。 「………一つ、いいか?」 黙々と送っていたリゾットが不意に口を開く。 「何でしょうか、使い魔さん」 「もしも……次にこういう任務をルイズに頼むならば……、同情を引くような頼み方はやめてくれ。自分が撒いた種の始末を友人に頼む後ろ暗さ…………それは分かるが」 「!」 アンリエッタが言葉を失う。意識的ではないにしろ、そういう意図がなかったとは言い切れないのだ。 「ルイズは純粋にお前のために戦おうとしてる。ああいう頼み方じゃなくても引き受けるさ…。それを同情を引くような頼み方をするってことは……お前とルイズの間にあるらしい『友情』に泥を塗りつける行為も同然だ……」 「……そうですね。今回のわたくしの頼み方は相応しくなかったかも知れません。以後、気をつけます」 「素直に認められるなら……まだお前は救いがある方だ…」 「ありがとうございます」 アンリエッタは礼を言って、少し含み笑いをした。 「?」 「貴方はいつもルイズのことを心配しているのですね」 「……恩人だからな」 そっけなくリゾットが答える。別に嘘をついたわけではないが、それが全てではないことは、リゾット自身にもいまや明らかだった。 「わたくしにも貴方のように誠実な部下が居ればよかったのですが……」 「……なければ作ることだ。そしてそのためには他人を徐々にでも信頼することから始めるんだな……。そういう発言をすること自体、誰も信じていない証拠だ」 「…………信じた相手に裏切られたら?」 「そのときは自分の人を見る眼のなさを恨むしかないな。二度目があるなら慎重になることだ」 「貴方は使い魔なのに、まるで誰かの上に立つ人間のようなことを言うのですね……」 「…………」 異世界ではそういう立場にあった経験から言っているのだが、それを説明する必要はないため、リゾットは口を閉ざした。 やがて、行く手に明かりが見えてきた。 「ここまでだ…。あとは……自分で行け…」 「ええ、ありがとうございます。ルイズにもお礼をお伝え下さい」 「分かった……」 アンリエッタの姿が見えなくなるまで見送ると、リゾットは踵を返す。その足が何かを蹴った。 足元で土で出来た小型のゴーレムが転んでいた。ひょこりと立ち上がると、ついてこいというような身振りをして、のこのこ歩き出す。 リゾットがゴーレムの後に続くと、人気のない場所にきたところで、ゴーレムが消えた。 「一週間ぶりだね。こないだ送った情報は役に立ったかい、リゾット?」 茂みが揺れ、土くれのフーケが姿を現した。それをみてデルフリンガーが声を出す。 「おでれーた! こないだ倒したフーケじゃねーか」 「ふーん……。なるほどね。アルビオンへウェールズを探しに行くのか」 リゾットの話を聞くと、フーケは腕を組んだ。その言葉には何とはなしに『嫌悪』が伺える。 「ああ……。ルイズの任務でな……」 「何のために会うのかは、聞かせてもらえない?」 「…………念のため、止めておこう」 リゾットの答えに、フーケは不満そうに唇を尖らせた。 「そ。ま、しょうがないね。で、どうする? アルビオンへの港町、ラ・ロシェールまでの道のりなら、調べてやっても構わないけど…」 「アルビオンへは……来ないのか?」 「貴族派と王党派が戦争やってるような危ない所に行くほど金はもらってないよ」 フーケが吐き捨てるように言ったが、リゾットはその表情からはっきりと『嫌悪』を読み取った。 先の言葉から考えると、フーケはアルビオン王家を嫌っているのだろう。嫌いなものを無理に近づけようとは、今は思っていなかった。 「そうだな……。では、その港町までの道のりの調査は頼んでおこう」 「ん、分かったよ。じゃ……連絡は手紙で…ってあんた、字が読めないんだっけ?」 「ああ……」 フーケはどうやって伝えるか、首をひねった。 「世話が焼けるねえ……。じゃあ、そうだね。行く手に危険が待ち受けてるなら道に印をつけておくってことで。 ラ・ロシェールまで急いで向かうなら選ぶ道は限られてくるし、あんたが見落とさなきゃ、大丈夫だろ」 「分かった……」 「あと、あらかじめ言っておくけど……。危険を何とかするのは自分でやりなよ。私は手を貸さないからね」 「ああ。俺がお前を雇ったのは、あくまで情報収集のためだからな……」 「わかってるならそれでいいんだけどさ……」 フーケは頬を掻く。どうも木石に話しかけているような淡白な反応で、面白くなかった。 自分と戦っていた前後はそれなりに感情を見せていたので、感情がないわけではないのだろう。 (やりこめてやれば、少しは表にだすかね…) 考えて見れば出会ってから今まで、リゾットに勝った事がない。やられっぱなしでは面白くないし、相手より下に見られるのも仕方ない。 フーケは密かに、何とかしてリゾットをやり込めることを誓うのだった。
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アニエスとリゾットは無言で城の廊下を歩いていく。二人がすれ違った貴族たちが何か小声で囁いていた。「平民」という単語が聞こえてきたため、リゾットは最初、自分について言われているのかと思ったが、よく聞くとやがてアニエスのことを言っているらしいと解った。アニエス本人は陰口などないかのように平然と歩いていく。 その陰口によると、アニエスは平民でありながら、アンリエッタの特別の引き立てで城内を出入りできるらしい。 (なるほど……。それで俺に対して敵意を抱いているわけか) おそらくは主人の意思を汲み取っているのだろう。アンリエッタが直接、リゾットへの敵意を示したことがなくとも、その感情というものは臣下に伝わるものだ。 アニエスに案内された場所は中央に大きなテーブルのあるだけの、窓もない石造りの部屋だった。 中央にテーブルが設置されており、その上に布をかぶせられた、岩のような形の何かが乗っていた。 「これを見ろ」 アニエスが布を取り去る。下から肌色をした球状の塊が現れた。 リゾットは一瞬、それが何なのか、理解できなかった。だが、よく見ると、その塊には随所に手のような痕跡や顔の成れの果てがついている。 「これは……」 リゾットは目の前にあるこの塊が何か理解した。そこにあったのは……人間の身体だった。正確には『人間の身体だったもの』だった。 ギャング、そして暗殺チームのリーダーという職業柄、リゾットは様々な凄惨な死体に立ち会ってきた。 だが、一度溶かされてまた固められた人間の死体は未だかつて出会ったことがない。 リゾットは表情にこそそれを出さなかったが、驚いてそこに立ち尽くした。 その間、アニエスは氷のような冷たい眼差しでリゾットの反応を観察する。 「こんな死体を作る魔法は存在しない。お前は奇妙な力を使うそうだな?」 「奇妙な力? 何のことだ?」 白を切ったが、アニエスの声に含まれる響きは、今の質問が確定した事実の確認に過ぎない事を伝えてきた。 「『レキシントン』号の捕虜から証言は得ている。とぼけても無駄だ」 確かに『レキシントン』号でのワルドとの戦いでスタンド能力を全開にしていた。 あの場に居た連中から漏れたとしても不思議ではない。 「……なるほど。では聞くが、俺が犯人だと疑っているのか?」 「いや、犯行があったと推定される時間の、お前の行動は確認できている。主人について授業に出ていたそうだな」 「………」 「お前のように、杖も持たずに魔法のような現象を起こす人間……『スタンド使い』の噂は聞いている。そのスタンド使いのお前に聞きたい。これは『スタンド』を使った犯行だと思うか?」 アニエスは探るような眼光をリゾットに向けてくる。リゾットもアニエスの表情から内心を読みにかかる。 (警戒しているな……) 要するに、アンリエッタもアニエスも未知の存在、『スタンド使い』であるリゾットを持て余しているのだろう。 おそらく、トリステインが確保しているスタンド使いはいない。上手く従うようなら、味方につけたいと思っているに違いない。 だが、リゾットは今のところ、トリステインの敵になるつもりも、トリステインに従うつもりもなかった。 「勘違いしているようだが、スタンド使いは一人一人、全く違う能力を持っている。自分がスタンド使いだからといって、相手のスタンド能力がわかるわけじゃない」 説明しながら、リゾットは新手のスタンド使いについて少しでも情報を得るために死体を注意深く観察を始める。死体は『固定化』をかけてあるのか、腐敗はなかった。 「この死体は死後、何日くらい経っている?」 「四日だ」 「見つかったのはこの一人だけか?」 「他に五人が犠牲になっている。一度に二人殺されたケースもある」 「一日に二人から一人か……。相当凶暴だな……。被害者の繋がりは?」 「発見場所が近いということ以外は特に出てきていない」 場所は首都トリスタニアでも最も治安が悪い辺りらしい。 アニエスの話を聞きながら、メタリカを出して内部に潜行させる。中は骨も内臓も区別がなく、均質な塊になっていた。表面に露出している部分は溶け残ったところらしい。 「外からじゃなく、中に酸のようなものを注射したのか。……ん?」 外に突き出た骨の部分に歯型があった。 「ネズミ……か?」 昔、被害にあったネズミの痕跡と、その歯型は似ていた。 「どうした?」 アニエスがリゾットの手元を覗き込んだ。リゾットは歯型を指差す。アニエスは不快そうに顔をしかめた。 「ネズミだな。人肉を漁りに来たのか」 「スタンドを使えるのは人間だけではない。動物のスタンド使いもいる」 アニエスが顔を上げた。 「このネズミがスタンド使いだと?」 「他の遺体にネズミの歯型があって、それらが一致すれば可能性は高いな」 パッショーネではスタンド使いの情報を熱心に集めており、その中に動物のスタンド使いの事例が報告されていた。 本来なら幹部以外は閲覧できない情報だったが、組織へ反旗を翻した時、ボスの手がかりになるかもしれないと、ホルマジオが奪ってきたのだ。 「分かった。調べてみよう。協力、感謝する。出来ればスタンド使いとして捜査に協力を願いたいが……」 「いや……、やめておこう」 「そうか。分かった」 リゾットをあまり刺激したくないのか、あっさりアニエスが引き下がる。 「そろそろルイズが戻る頃だろう。俺は行かせてもらう」 アニエスの返事も待たず、リゾットは部屋から出て行った。 「何してたのよ!」 ルイズは待たされたのか、ご機嫌斜めだった。 合流した後、ルイズは、リゾットにアンリエッタとの謁見の結果を話した。 ルイズ自身は自分が認められたのが嬉しいのか、楽しそうだったが、それと対象的に、話が進むにつれてリゾットの顔は曇っていく。 「というわけで、これから姫様のために働くから。あんたも協力するのよ」 全てを聞き終えた後、リゾットは息をついた。 「な、何よ……? 嫌なの?」 「いや……。ただ馬鹿な真似をしたな、と思っただけだ」 その途端、蹴りが飛んできたが、リゾットは一歩下がってそれをかわす。 「ばばばば、馬鹿って何よ!? 口の利き方に気をつけなさいよ! それに、陛下のために貴族が杖を振るうのは当然でしょ!」 ルイズはリゾットを見上げ、睨みつけた。 「確かに、貴族が王のために仕えるのは当然だ。だが、それは王がその働きで領地を保証してくれるからじゃないのか?」 「どういう意味よ?」 「公表しないのは俺も賛成だ……。知られればそれを利用しようとする人間を呼び寄せるだろうからな。だが、秘密裏に力を振るうということは、どんなに活躍しても、公的な場では決して報われず、認められない、ということだ」 リゾットが率いた暗殺チームもその任務上、機密性の高い任務ばかり扱っていたため、その仕事が表立って評価されることはなかった。もちろん、ルイズと暗殺チームは全く同じではないが、秘密の多さという点では共通している。 「そんなこと、ないわよ。姫様は忠誠には報いる、と仰って下さっているわ。現に女王付の女官にしてくださったじゃない。とても名誉なことなのよ」 「それは単にお前が任務を遂行するために必要な処置だろう。今回の件の報酬というわけじゃない」 「そうかもしれないけど……」 ルイズは俯いていたが、決心したように顔を上げた。 「ねえ、聞いて、リゾット。私、今までいっつも『ゼロ』って呼ばれて馬鹿にされてた。あんたを呼んで、少しは魔法ができるようになったかなって期待もしてたけど、相変わらずダメで、でも、最近、少しは失敗の魔法にも価値があるかなと思えたの」 ルイズは訥々と語る。 「だけど、この魔法は失敗じゃなかった。確かに、『虚無』は秘密にしなきゃいけないのは分かるわ。でも、この魔法に何か意味があるなら、私はそれを役立てたい。ずっと使わないで、『ゼロ』のままでいるなんて、嫌なの。そしてそれが姫様と、祖国のために役に立つなら、私はそのために力を使いたい」 リゾットはじっとそれを聞いていたが、ぽつりと呟いた。 「アンリエッタ女王を信じているんだな……」 「当然じゃない!」 ルイズは少女らしい純真さで、誇らしげに答えた。その表情に疑念はない。 「分かった。だが……、一つだけ約束してくれ」 「何よ?」 「もしも、倫理的な面から受けたくないような仕事……つまり、汚れ仕事を頼まれたら、例えアンリエッタからの命令でも断ると」 ルイズには誰かに認められたいという欲求が常にある。それが変な方向に働くと、ルイズは際限なく無理をするだろう。それがリゾットには心配だった。 だが、リゾットの心配をよそに、ルイズは拗ねたような顔をする。 「何よ……。さっきから忠告とか注意ばっかりで……。ご主人様と一緒に喜ぼうっていう心がけはないわけ?」 「喜べるようなことなら喜ぶさ……」 「よく言うわ。いっつも無表情のくせに」 ルイズはリゾットの頬に手を伸ばすと、ぐにぐにと引っ張る。それでも表情を変えないリゾットに、ルイズはため息をついた。手を離す。 「姫様なら大丈夫よ。あんたの心配してるようなことは起こらないわ」 「女王だって人間だ。間違えることもある……。信頼と妄信の違いを、お前は解っているのか?」 ルイズはイラついてきた。この使い魔はどうしてこう、水をさすことばかりいうのだろう。心配しているのは解るが、もう少し別の方向で気を使って欲しいものだ、と自分を棚に上げて思う。 一方、リゾットは困っていた。ルイズのアンリエッタへの信頼は絶大だ。それが悪いわけではないが、アンリエッタを絶対視しすぎる。自分の経験を元に話すことも考えたが、組織と国を同じ扱いをしてもルイズの機嫌を損ねるだけだろう。 「もういいわ。せっかくの気分が台無し……。帰るわよ!」 背を向け、ルイズは歩き去る。リゾットは少し離れてついていった。 (まあ、確かに、アンリエッタはルイズに目をかけている様子だし、今はそれほど心配することはない、か。いざとなったら、自分が何とかしなくてはな) リゾットは以前の自分ならば考えられないほど、ルイズに肩入れしていることを自覚していない。リゾットの左手で、ルーンが幽かに光っていた。 武器を返してもらい、宮中を出る。デルフリンガーが早速話しかけてきた。 「よう、相棒。やっと帰ってきたな。俺ぁ待ちくたびれたぜ」 そして前をスタスタと歩くルイズに気付く。 「また何かやったのか?」 「大したことじゃない。見解の不一致だ」 「ふ~ん……。ダメだぜ、仲良くしなきゃ」 王宮前のブルドンネ街は戦勝祝いのためか、人でごった返していた。酔っ払いの一団が、ワインやエールを片手に掲げ、口々に乾杯と叫んでは空にしている。ルイズはその中をつかつかと人を掻き分け、歩いていく。人ごみの中を歩くのに慣れていないのか、そこかしこで人にぶつかり、悪態をつかれる。 「いてぇな! 人にぶつかって謝りもしねえのかよ」 一人の傭兵崩れらしき大男がルイズの腕を掴んだ。相当酔っているのか、顔は真っ赤で、片手に酒瓶をぶら下げている。 傍らにいた傭兵仲間らしき男が、ルイズの羽織ったマントに気付き、「貴族じゃねえか」と呟いた。 しかし、ルイズの腕を握った男は動じない。酒も入っているのに加え、大勢の仲間がいるので気が大きくなっていた。 「今日はタルブの戦勝祝いのお祭りさ。無礼講だ。貴族も兵隊も町人もねえ。 ぶつかったわびに、俺に一杯注いでくれ」 そういってワインの瓶を突き出す。 「離しなさい、無礼者!」 ルイズは虫の居所が悪いこともあり、男の神経を逆なでするようなことを叫んだ。男の顔が凶悪に歪む。 「なんでぇ、俺には注げねえってか。誰がタルブでアルビオン軍をやっつけたと思ってるんでぇ! 『聖女』でもてめえら貴族でもねえ、俺たち兵隊さ!」 男はルイズの髪を掴もうとして、横から腕をつかまれた。リゾットだ。成り行きを見守っていたのだが、平穏に済みそうにないので手を出したのだ。 「なんだてめえ! 関係ねえだろ!」 「彼女は俺の連れだ。すまない。気分よく飲んでいたのに、無礼をした」 リゾットは淡々と、静かな声で謝罪する。やる気になれば全員叩きのめすことができるが、今回はどうみてもルイズが悪い。無用な争いは避けたかった。 「ルイズ、お前も謝れ」 「な、何で私が……」 「ルイズ」 リゾットに強い語調で咎められ、ルイズは観念して謝った。 「ごめんなさい」 男はリゾットとルイズを交互に眺め、白けたような顔で唾を吐くと、仲間たちに促し、去っていった。 「…………」 それを見送るリゾットの背に、ルイズの蹴りが命中する。 「何をする」 「な、なな、何で私が平民の、しかも傭兵なんかに謝らなきゃいけないのよ。こんなことしてたら貴族の権威が下がるでしょう!?」 怒りの余り、ルイズの声は震えていた。先ほどはリゾットに促されて思わず謝ったが、今頃になって屈辱が湧いてきたようだ。 「相手が何であれ、自分のしたことの責任を取るのは当然だ……。謝った程度で下がる権威など捨ててしまえ」 そこでルイズはリゾットが異世界人であることを思い出した。貴族や平民といった階級意識に疎いのだ。そして、『責任』を果たすことに拘る。 ここは自分が譲歩すべきなのだろう、結果的には守ってくれたわけだし、と諦め、また歩き出そうとすると、リゾットに肩を掴まれた。 「何よ?」 「俺の後についてこい。道は作ってやる」 そういって、ルイズの先を歩き始める。先を行くリゾットのお陰で、ルイズは混雑した道を悠々と歩くことができた。自然とリゾットに寄り添って歩く形になる。 しばらく歩くうちに、それに気付いてルイズは赤面した。リゾットが前をむいていて、顔を見られないのが救いだった。最も、見たところでリゾットは無表情だったかもしれないが。 余裕が出来ると、ルイズは街の様子を見回した。街はお祭り騒ぎで、楽しそうな見世物や、珍しい品々を取り揃えた屋台や露店が通りを埋めている。華やかな街の様子と、リゾットが守ってくれているという安心感が、ルイズの機嫌を直させる。 「凄い騒ぎね」 ルイズがつぶやくと、リゾットは僅かに頷いた。 「祭りを仕事以外の用事で歩くのは久しぶりだ」 「そうなの?」 「ああ……」 そう呟くリゾットの口調は何か思い出しているようだった。きっと以前歩いた時のことだろう。 「リゾットの世界のお祭りってどんなの?」 「ここと大して変わらない。いろんな屋台や露店が立ち並んでいて、人が大勢歩いている。後は皆で踊ったり、音楽を奏でたり、騒いだり、花びらを敷きつめて道に絵を描いたりする」 「花びらで絵を?」 「ああ……」 ルイズはリゾットのコートの背中を握った。すぐそこにいるのに、リゾットを遠くに感じたのだ。 腹の立つところもあるが、ルイズはリゾットを頼りにしていた。どこへも行って欲しくなかった。ただ、それが単純にリゾットが使い魔として役に立つからなのか、もっと別の感情からなのか、ルイズ自身にも解らない。 (解らない? 違うわ。リゾットが役に立つからよ) ルイズは自分にそう言い聞かせ、辺りを見回す。そこでわぁ、と声を上げて立ち止まった。 「どうした?」 リゾットも立ち止まり、振り返る。ルイズは露天の宝石商を見ていた。立てられたラシャの布に、指輪やネックレスなどが並べられている。 ルイズがそこから動かないので、リゾットも自然、そこを覗く事になる。客が来たことに気付いて、頭にターバンを巻いた商人がもみ手をした。 「おや、いらっしゃい! 見てくださいよ、貴族のお嬢さん。珍しい石を取り揃えました。『錬金』で作られたまがい物じゃございませんよ」 「……何かこの調子、お前を買った武器屋の親父に似てないか?」 「まあ、商売人ってのはこんなもんだよ、相棒」 何となく胡散臭げな目で店を見るリゾットとデルフリンガーをよそに、ルイズは商品を見ている。並んでいるものは大概、貴族が身につけるにしては装飾がゴテゴテしていて、お世辞にも趣味がいいとは言えない代物だった。 ルイズはその中から、ペンダントを手に取った。貝殻を彫って作られた、真っ白なペンダント。周りには大きな宝石がたくさん嵌め込まれている。だが、よく見ると作りはちゃちで、宝石にしても安い水晶に見えた。 だが、ルイズはそれが気に入ったらしい。公爵家令嬢として一流のものばかり見てきたルイズにとってはかえって安っぽいものが珍しかった。祭りの騒がしい空気もその気分を助長していた。 「お嬢さん、いいものを選びましたね。それなら四エキューですよ?」 商人は如何にも愛想がいい笑顔を浮かべて言った。しかしルイズは困った顔をしている。金がないらしい。 「四エキューだな」 リゾットは金貨四枚をだした。 「はい、毎度あり」 商人からペンダントを受け取ったルイズは、しばし呆気に取られたが、思わず頬が緩んでしまった。 普段、リゾットがまるで冷静であまり感情を見せないだけに、こうやって露骨に優しくされた喜びはひとしおだった。 手でしばし弄繰り回したあと、浮かれながらペンダントを首に巻く。お似合いですよ、と商人がお愛想を言った。 「おれでーた。相棒、意外に器用だね」 デルフリンガーもリゾットの意外な行動に驚いているようだった。 「まあ、俺のせいだからな……」 何故か遠い目でリゾットが呟く。 今でこそリゾットは事業のお陰で好きにできる金があるが、当初は戦いのたびに死にかけるリゾットのための秘薬代はルイズが負担していたはずだ。他にもデルフリンガーを買ったりした金などもルイズが支払った。つまり、ルイズの現在の困窮の原因はリゾットにあるのだ。 とはいえ、ペンダントをつけて嬉しそうに見せてくるルイズを見ればそう悪い気はしない。すっかり上機嫌になったルイズの前に立って、再びリゾットは歩き始めた。 ついでにより道をして、服を買い込んでおく。人から譲ってもらった服と元の服では戦闘での破損もあり、着まわすのも限界に来ていた。 一通り買い物を済ませ、学院寮に戻ろうという頃、リゾットは空に街ではまず見ないものをみつけた。ルイズもそれに気付く。 「シルフィード?」 タバサの風竜が街の上空に浮いていた。その背から小さな人影が降りる。髪の色からして、まずタバサで間違いないだろう。 「あの子、タバサよね? 何してるのかしら、こんなところで」 「本でも買いに来たんだろう……」 「でも、あっちに真っ当な店はないわ。その……ちょっと危険な区域だから」 ルイズが呟く。要するにどこの町にもある、治安の悪い場所なのだろう。 リゾットは頭の中で地図を確認し、内心舌打ちした。 どうしてこう、人が厄介ごとを避けようとしている時に仲間が厄介ごとに飛び込んでいくのか。 アニエスから聞いた不審な殺人事件、それが起きている地域がちょうどその辺りなのだ。 そちらに向かったからといって件のスタンド使いと偶然出会う、という確率はきわめて低いが、リゾットは嫌な予感がした。 「ルイズ、俺はタバサを探しに行くが……」 「私も行くわよ」 「……解った。スタンド使いと遭遇することも考慮にいれておけ」 「どういうこと?」 ルイズは先ほど、アニエスの持ちかけた事件を知らないらしい。 「移動しながら話す。デルフ、何か怪しいものを見かけたら教えてくれ」 「任せときな、相棒」 二人と一振りはタバサが降りた辺りに向けて移動し始めた。 タバサは急いでいた。先刻、王家から任務の通達があったのだ。今回の任務はガリア王国にある実家で伝達されるという。 タバサはその命令を受け取ってすぐにトリスタニアに向かった。 密かに注文した秘薬を受け取るためだ。タバサは母親のため、スクウェアクラスの水メイジの秘薬屋を探し出し、宝探しの分け前全てを使ってある秘薬の製作を依頼していた。 タバサの母親は叔父王から水魔法の毒をタバサの代わりに飲んで心を狂わされた。 だが、魔法で狂わされたなら魔法で治すこともできるはず。『固定化』をかけられた物体もそれを上回る力で『錬金』すれば変質させることができるように。 だから最上級のスクウェアクラスメイジに高価で貴重な材料を幾つも使わせて薬を作成してもらったのだ。 これで治らなければ、いよいよ先住魔法の可能性を考えなければならず、治療の目処はかなり遠ざかる。 「きっと治る……」 タバサは祈るように呟いた。暗くなりがちな気分を振り払うため、母が正気を取り戻した場合のことを考える。 しばらくは監視すらついていない実家にいてもらえば悟られることもないだろう。 客があった時だけ治っていない振りをしてもらえばいい。その間にどこか匿う場所を探す必要がある。 キュルケや、フーケを通して裏社会にコネがあるらしいリゾットに相談すれば何とかなるだろうか。 そこまで考えて、タバサは首を振った。どうも宝探し以来、自分は浮かれている。 学院やその周辺のことならともかく、ほかの事に二人を巻き込むのは甘えだ。 彼女たちは自分を頼ってくれといっていたが、頼ることと甘えることは違う。 甘えを抱えていては目的を果たすことなどできはしない。母親を治しても、自分の目的は終わらないのだから。 自戒しながら、秘薬屋の扉を開く。 薄暗い店内に入ると、奥へと歩いていく。 窓は塞がっているため店内に吊るされたランプが、壁にタバサや店内の商品の影を落としていた。 うめき声に、タバサは足を止める。声はいつも店主のいるカウンターの向こうから聞こえてきた。 タバサはカウンターの中を覗き込んだ。 「うう……っ」 そこには店主がいた。ただ、年老いた店主の足は酸でもかけられた様に溶けている。その傍らには溶けた杖らしき物体が転がっていた。『治癒』でもこうなってしまっては治らないだろう。周囲に人影がないことを確認すると、タバサは店主の傍らに屈み込んだ。 「何が?」 店主は空ろな目で答えた。 「……ネズミが……。薬は……そこに……」 店主は指でカウンターの下の鉄製の棚を指差した。タバサがそちらへ目をやると、店主はタバサを突き飛ばす。 すぐに立ち上がり、店主に振り返ると、頭部が溶けていくところだった。 最後の言葉も残せず、老婆はタバサを庇って死んだ。 「…………」 タバサの目に雑然と並べられた商品の間に潜んでいたネズミが映った。意識を集中して『感覚の目』でネズミを見る。 ネズミの前に何かがいた。 「スタンド使い」 瞳に僅かに怒りが覗く。その目がきゅっと細められた。一体どうやって店主を溶かしたのか、それを見極めるために。 しかし、ネズミは、商品の間に姿を消した。死角から奇襲するつもりだ。 タバサは、風を起こして商品を吹き飛ばした。ネズミが隠れる場所を探してカウンターの向こうへと走る。『エア・カッター』を飛ばしたが、動物独特の勘でも働くのか、見えない風の刃を回避した。 カウンターを盾にすると、ネズミが再びスタンドを出す気配がした。遠くへ行かないところを見ると、そこまで射程距離があるわけではないのだろう。 殺気を感じ、タバサは横に跳んだ。商品の幾つかがひっくり返る。 背後の壁にいくつかの穴が出来た。中心から円を描くように穴が広がる。どうやらこのスタンドは、何かを飛ばしているらしい。 射撃と同時に場所を移動したのか、ネズミは姿を消していた。だが殺気は消えていない。雑然とした店内で身を隠し、ここでタバサを仕留めるつもりだ。 タバサはマントを外し、左手で構えると、壁を背にした。ルーンを詠唱し、氷の矢をいつでも放てるよう、空中で待機させる。 先の攻撃は見えなかった。タバサは目を凝らし、耳を済ませ、全身の感覚全てを集中させ、スタンドを『視る』ことを意識する。 神経が磨り減るような時間の中、タバサは顔色も変えずに待ち続けた。 やがて、タバサは目の端に動くものを捉えた。即座に氷の矢を放つ。氷の矢と入れ違いに、タバサに向かって三本の針らしきものが飛んできた。マントを力いっぱい翻し、針を叩き落す。 溶け落ちたマントを捨て、ネズミに目をやる。ネズミは右前足を氷の矢で切断され、威嚇の声をあげていた。 追撃の魔法を唱えたが、それが届く前にネズミはまた姿を消す。 タバサは再び壁を背にしながら、カウンターの下の棚に『アンロック』を唱えた。だが、より強い『ロック』がかかっているせいか、鍵が外れた様子はなかった。 破壊することも考えたが、慎重にやらなくては中の薬が破損するかもしれないし、隙ができる。ネズミを倒した後でゆっくり開けるべきだろう。 先ほどはスタンドの出した針がぼんやりとだが見えた。今度はもっとはっきり見るために、もう一度集中する。 相手は足を一本失い、こちらは防御するためのマントがを失っている。 今度は針を自力で回避するか、さもなくば相手の矢がこちらに届く前に相手を仕留めなければならない。 死ねばスタンドは解除されるから、相手の針も消えるはずだ。タバサは神経を研ぎ澄まして、相手が襲ってくるその時を待つ。 その時、タバサはこの場に似つかわしくない、水が流れ落ちるような音を聞いた。 「?」 しかもその音は店内の別の場所からも聞こえてくる。確かめたかったが、音が聞こえてくる辺りは雑然と商品が積み上げられており、ネズミが身を隠すところが多い。 近距離や背後から狙撃されては対応できないことを考え、タバサは動くことはできなかった。 やがて、ある臭いがタバサの鼻腔をついた。その臭いからタバサはネズミのやろうとしていることに気付いたが、既に時遅く、店内に吊るされたランプがネズミの針で落とされ、商品の向こう側に赤々とした炎が広がる。 「油……」 タバサは先ほどの水音の正体を呟いた。ネズミは油やそれに類する可燃性の液体が入った樽を、スタンドの針で溶かし、中身を床にぶちまけていたのだ。 予め撒かれていた油を伝い、あっという間に店内は炎に包まれる。小火程度ならともかく、油で勢いがついていてはタバサにもすぐには消火出来ない。逃げ場はある。タバサ自身が入ってきた入り口だ。だが、ネズミがそこで待ち構えているのは想像に難くなかった。 タバサは目的の薬がはいった棚が鉄製で出来ており、炎の中でも大丈夫そうなことを確認すると、高速で頭を回転させ、対策を考え始めた。 壁を風の魔法でぶち抜いて逃げるという手もなくはない。だが、ネズミは傷つけられて怒り狂っている。街中まで追ってくるかどうかわからないが、追ってきた場合、多数の巻き添えが出るだろう。タバサは無意味に死者を出したくなかった。 では、このまま素直に出口から姿をあらわすか? 相手は既に狙撃の準備をしているだろうから、早撃ちでは負ける可能性が高い。まして煙の中だ。撃たれたことに気付かず、煙の向こうから一方的に溶かされて死亡、という可能性も高い。 考えるタバサを輻射熱が容赦なく炙り、熱された空気はタバサの喉を焼く。 タバサは煙を吸い込まないよう、姿勢を低くした。考える時間は、もうあまり残されていない。 ルイズとリゾットはタバサを探しに来たものの、不慣れな地域に迷い、なかなかその足取りを追う事が出来なかった。 目撃者に金を握らせ、やっとのことでタバサらしき少女が通った辺りに辿り着く。 「相棒、あれは?」 デルフリンガーの指摘にそちらを見ると、建物から煙が立ち上っていた。 「……火事だな」 「行ってみましょう!」 二人はそちらへと駆け出した。 ネズミは焦れていた。火勢はかなり強くなってきているにも関わらず、あの人間が出てこないからだ。まだ中にいるのは間違いない。まさか焼け死ぬつもりはないだろう。 入り口からは煙が絶え間なく出ており、視界はかなり悪い。 だが、影さえ見えれば狙撃可能だ。少しでも姿を現せば既に砲撃態勢に入ったスタンド『ラット』は最大十三連射で敵を跡形もなく始末する。 今度は反撃すら許さない。その後はゆっくり傷を癒し、自分の片割れを探しに行けばいい。 周囲に人が集まりつつあることもあり、これ以上ここで人間を襲うつもりはないが、前足を奪ったあの人間だけは生かしておくつもりはなかった。 やがて煙の中から人影が出てきた。すかさずネズミは『ラット』の弾を乱射する。何発かはわざと外し、跳弾の要領で別角度から撃ち込んだ。 全弾命中。人影は形を保つこともできず、溶け落ちる。ネズミは勝利を確信した。 そして背を向けた瞬間、ネズミの体は氷の矢に貫かれた。 「ギッ?」 矢は体を貫通し、地面に突き立っているため、動くことができない。だが、背後に先ほどの人間が立ったのが解る。何故死んでいない? まさか外したのか? 確かに命中させたはずなのに。 ネズミの小さな脳に様々な疑問が駆け巡る。だが、その思考は氷の矢を中心に全身が凍結したことにより、強制的に中断させられた。スタンドに目覚めたネズミは片割れである『虫食い』に出会うことなく、この世から消えた。 タバサは完全にネズミが死んだのを見届けると、珍しくため息をついた。背後に目をやる。そこには完全に液状化した店主がいた。 風を死体に絡みつかせて、人形のように操作する。本来なら生きている人間を拘束し、操る魔法であるが、筋肉の反応のない死体でも歩かせることくらいはできる。死体を先行させ、ネズミに先に撃たせてから位置を割り出し、反撃する。 ただそれだけの作戦だったのだが、生き残るためとはいえ、自分を庇ってくれた人間の遺骸を利用したことは、タバサにいつも以上の疲労を感じさせた。 燃え盛る家屋に『アイス・ストーム』を唱える。雪風が吹き荒れ、炎の勢いはだいぶ弱まった。周囲も気付いたのか、消火作業が始まっている。 こういった治安が悪い場所であっても火事に対しては全員、最優先で協力することが暗黙の了解として決まっている。火事は周囲に燃え広がる可能性がある、全員の問題だからだ。 近くにいた『土』のメイジが『錬金』で燃える油を土にも変換している。この分なら、そう時間もかからず鎮火できるだろう。 「タバサ!」 背後からルイズが呼びかけると、タバサは振り向いた。顔が煤で汚れ、マントはなくし、制服は所々焦げている。 「ちょっと、大丈夫?」 「大丈夫」 無表情に答えてから、タバサはルイズの背後のリゾットに視線を向けた。 「スタンド使いに遭遇した」 「どんな奴だ?」 「針を撃ってそれに触れたものを溶かすスタンド使い」 杖の先で半ば凍結したネズミの死体を指し示す。ルイズがそれを見てちょっと嫌そうな顔をした。 「ネズミじゃない」 「そう。ネズミのスタンド使い」 「この辺りで人間が溶かされる事件が発生していた。……犯人はこいつだな」 「さっき言ってた事件? お手柄じゃない!」 ルイズがそう言ったが、タバサはどうでもいいようで、無表情を崩さない。 「しかし酷い格好だな。……火事に巻き込まれたのか?」 頷くタバサの顔を、リゾットが布でぬぐってやる。 「そうね。せめてこれ、着なさいよ」 ルイズも自分のマントを脱ぎ、タバサに着せた。タバサはされるがままだっ たが、リゾットが顔をぬぐい終わると、その手から布を取った。 「洗って返す」 「そうか」 「こんなところに何か用だったの?」 ルイズが尋ねたが、タバサは頷いただけで何の用があるかは言わない。 他人の事情を根掘り葉掘り訊くのはトリステイン貴族の礼儀ではないし、ルイズもいい加減、タバサの無口には慣れてきたので、それ以上は追求しない。 しばらく三人で鎮火作業を眺めていた。火がある程度収まったのを確認すると、タバサはリゾットに向き直った。 「手伝って欲しい」 「……何をだ?」 答えず、タバサは店内へ入っていく。リゾット、ルイズも後に続いた。タバサはカウンターがあったと思われる場所で足を止め、その下の鉄の戸棚を指し示す。戸棚といっても鍵がかかるようで、半ば金庫のようだったが。 「開けて欲しい」 「ちょっと、タバサ! 止めなさいよ、火事場泥棒なんて」 嫌悪感を露にするルイズに、タバサは首を振った。 「この中に私の注文した薬が入っている。強力な『ロック』がかかっていて、開けられない」 そしてリゾットの目を見つめて言う。 「お願い」 「……解った」 リゾットとしては火事場泥棒だろうとそうでなかろうとあまり興味がない。 が、タバサの目から真剣さを読み取ったため、引き受けることにした。メタリカを使って合鍵を作り、鍵を開ける。これで開かないなら扉を丸ごと鉄分に戻すところだが、すんなり開いた。 「開けたぞ」 タバサは頷くと、棚に手をつけようとして、引っ込めた。熱されていることに気付いたのだ。杖を振り、表面の温度を下げる。改めて戸棚に手を伸ばす。 棚を開けると、熱膨張のせいか、中の小瓶はいくつか割れていた。薬品の臭いがタバサの鼻を掠めるが、危険がないと判断すると、中から瓶を一つ取り出した。 まだ熱かったが、ここで冷やすと割れかねないので、鍋つかみの要領で布を間に挟んで持つと、持参した鞄の中にそっとしまった。 「満足か?」 タバサは頷いた。 「そうか」 相変わらずリゾットは無表情だ。その顔から目を離し、外に出ようとして……タバサはリゾットから目を離せないことに気がついた。 何故か心拍数が急上昇していく。常に白いタバサの頬がみるみるうちに赤くなっていった。 頭を振る。何かがおかしい。 胸を抑えるが、動悸が収まらない。むしろ激しくなった。 「どうした?」 リゾットが声を掛けてくる。タバサは首を振った。 「もう出ましょう。あまりここにいると誤解を受けるわ」 ルイズが促して、リゾットとともに外へ向かう。タバサは慌ててリゾットのコートの裾を掴み、ついていった。何故そうしたのか、自分でも上手く理論的な説明ができない。あえて言えばリゾットと距離を置きたくないという情動の結果なのだが、その情動に対する合理的な説明ができない。 「ルイズ、あのスタンド使いが倒されたことを城に報告するべきだと思うが」 「そうね。お城の衛士にでも言っておきましょ。タバサの手柄なんだから、一緒に来なさいよ」 ルイズがそう言うと、タバサは頷いた。 「どうしたの? 顔が赤いわね。風邪?」 「かも知れない」 「無理はするなよ」 「……うん」 三人は雑踏の中へと歩き出す。そのうち一人に起きた変化に、まだ本人以外は気付いていない。 戻る< 目次 続く
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馬に乗ること3時間、ルイズとギアッチョはトリステインの城下町に到着した。ここ ハルケギニアに召喚されてから初めて見る学院外の景色だったが、ギアッチョは 今それどころではなかった。生まれて初めて乗馬を経験した彼は腰が痛くて仕方が なかったのだ。 「そっちの世界に馬はいないの?」 ルイズが不思議そうに尋ねる。 「いねーこたねーが・・・都市部で馬を乗り物にしてたのは遥か昔の話だ」 ギアッチョが腰を揉みほぐしながら答えるが、ルイズはますます不思議な顔を するだけだった。 「まぁ覚えてりゃあそのうち話してやる それよりよォォ~~ 剣ってなどこに 売ってんだ?」 「ちょっと待って・・・ええと こっちだわ」 ルイズが地図を片手に先導し、ようやく周囲に眼を向ける余裕が出てきたギアッチョは その後ろを観光気分でついて行く。何しろ見れば見るほどメルヘンやファンタジー以外の 何物でもない世界である。幅の狭い石敷きの道や路傍で物を声を張り上げて売る商人達、そして彼らの服装などはまるで中世にワープしたかのようだ。しかし中世欧州と似て 非なるその建築様式が、ここがヨーロッパではないことを物語っていた。 「魔法といい使い魔といい、メローネあたりは大喜びしそうだな」などと考えたところで、 ギアッチョは自分が既にこの世界に馴染んでしまっていることに気付いた。 リゾットはどうしているのだろう。見事ボスを倒し、自分達の仇を取ってくれたのだろうか。 それとも――考えたくないことだが、先に散った仲間達の元へ行ってしまったのだろうか。 このハルケギニアと同じように時間が流れているのならば、きっともうどちらかの結果が 出ているだろう。 ホルマジオからギアッチョに至る犠牲で、彼らが得る事の出来たボスの情報はほぼ 皆無だった。いくらリゾットでも、そんな状態でボスを見つけ出して殺せるものだろうか。 相当分の悪い賭けであることを、ギアッチョは認めざるを得なかった。 ――どの道・・・ ギアッチョは考える。どの道、もう結果は出ているのだ。自分はそれを知らされていない だけ・・・。 「クソッ!!」 眼に映るものを手当たり次第ブチ壊してやりたい気分だった。当面はイタリアに戻る 方法が見つからない以上、こんなことは考えるべきではなかったのだろう。だがもう遅い。 一度考えてしまえば、その思考を抹消することなどなかなか出来はしない。特に―― 激情に火が点いてしまった場合は。 ――結末も知らされないままによォォーーー・・・ どうしてオレだけがこんな異世界で のうのうと生き長らえているってんだッ!ああ!?どうしてだ!!どうしてオレは生きて いる!?手を伸ばすことも叶わねぇ、行く末を見届けることすら出来やしねえッ!! 何故オレがッ!!ええッ!?どうしてオレだけがッ!!何の為に!!何の意味が あってオレは惨めに生きている!?誰か答えろよッ!!ええオイッ!! 一体何に怒りをぶつければいいのか、それすらも解らないまま――、ギアッチョは 溢れ出しそうな怒りを必死に押しとどめていた。 「・・・ギアッチョ ・・・・・・どうしたの?」 その声にハッと我を取り戻したギアッチョが顔を上げると、ルイズが僅かな戸惑いをその 顔に浮かべて自分を見ていた。 「・・・・・・なんでもねぇ」 思わずルイズに当たりそうになったが、彼女とて意図して自分を呼び出したわけでは ない。数秒の沈黙の後――ギアッチョは何とかそれだけ言葉を絞り出した。 いつもと様子が違うギアッチョに、ルイズは当惑していた。ギアッチョを召喚してまだ 数日だが、この男がキレた所はもう嫌というほど眼にしていた。そしてその全く 嬉しくない経験から理解していたことだが、ギアッチョはブチキレる時にTPOを わきまえることはない。食堂だろうが教室だろうが、キレると思ったらその時スデに 行動は終わっているのがギアッチョなのである。シエスタから聞くところによると、 既に厨房でも一度爆発したらしい。傍若無人を地で行く男であった。 そのギアッチョが怒りをこらえている。ルイズでなくても戸惑いは当然だろう。 レンズの奥に隠れてギアッチョの表情は判らなかったが、ルイズには彼が無言の うちに発している悲壮な怒りが痛々しいほどに伝わってきた。 ――・・・ギアッチョ 私のただ一人の使い魔 ただ一人の味方・・・ ルイズはギアッチョの力になってやりたかった。圧勝とは言え体を張って自分を 助けてくれたギアッチョに、せめて心で報いたかった。しかしルイズの心の盾は 堅固不壊を極めている。自分の為に本気で怒ってくれたギアッチョに、ルイズは ただ一言の礼を言うことすら出来なかった。そして今もまた、ルイズの盾は 忠実に職務を果たしている。ギアッチョに報いたいというルイズの思いは、自らの 盾に阻まれて――彼女の心の内に、ただ虚しく跳ね返った。 こうして、怒りを内に溜め込んでいるギアッチョと自己嫌悪に陥っているルイズは 二人して陰鬱な空気を纏ったまま武器屋へと到着した。 貴族が入店したと見るやドスの効いた声で潔白の主張を始める店主に「客よ」と 告げて、ルイズは剣の物色を始める。 「・・・ギアッチョ、あんたはどれがいいの?」 使用者であるギアッチョの意向無しに話は進まないので、ルイズは意を決して 話しかけた。 「・・・剣なんぞに馴染みはねーんだ どれがいいかと聞かれてもよォォ」 同じ事を考えているであろうギアッチョは、そう答えて適当な剣を手に取る。 「――リゾットの野郎がいりゃあ・・・いいアドバイスをくれただろうな」 刀身に視線を落とすと彼はそう呟いた。 リゾット・・・何度かギアッチョが話した彼のリーダー。怒りや悲しみがないまぜに なった声でその名を呟くギアッチョに、ルイズは何かを言ってやりたくて・・・ だけど言葉すらも浮かんではこなかった。 「帰りな素人さんどもよ!」 ルイズの代わりに静寂を破ったのは、人ではなかった。二人が声の主を 探していると、再び聞えたその声はギアッチョの目の前から発されていた。 「剣なんぞに馴染みはねーだァ?そんな野郎が一人前に剣を担ごうなんざ 100年はえェ!とっとと帰って棒っ切れでも振ってな!」 「・・・何? どこにいるのよ」 ルイズがキョロキョロとあたりを見回していると、ギアッチョがグィッ!と一本の 剣を持ち上げた。 「・・・インテリジェンスソード?」 ルイズは珍しそうに持ち上げられた剣を眺めている。 「は、いかにもそいつは意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ こらデル公!お客様に失礼な口叩いてんじゃあねえ!」 店主の怒声をデル公と呼ばれた剣は軽く受け流す。 「おうおう兄ちゃんよ!トーシロが気安く俺に触ってんじゃあねーぜ!放しな!」 なおも続く魔剣の罵声もどこ吹く風で、ギアッチョは感情をなくした眼で「彼」を じっと見つめている。 「聞いてんのか兄ちゃん!放せっつってんだよ!ナマスにされてーかッ!」 なんという口の悪さだろう。ルイズは呆れて剣を見ている。そしてギアッチョも 感情の伺えない眼でデル公を見ている。 「・・・おい、てめー口が利けねーのかぁ!?黙ってねーで何とか言いな!!」 ギアッチョは見ている。死神のような眼で、喋る魔剣を。 「・・・・・・ちょ、ちょっと何で黙ってんだよ・・・喋ってくれよ頼むから ねぇ」 ギアッチョは不気味に見つめている。彼の寡黙さにビビりだした剣を。 「・・・あのー・・・ 丁度いいストレスの発散相手が出来たって眼に見えるんですが ・・・僕の気のせいでしょーかねぇ・・・アハハハハ・・・」 そして完全に萎縮してしまったインテリジェンスソードを見つめる男の唇が、 初めて動きを見せ―― トリステイン城下ブルドンネ街の裏路地に、デル公の悲鳴が響き渡った。
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早朝のヴェストリ広場、朝の霧の中を二つの影が目まぐるしく動き回る。 リゾットは土中から相手を取り囲むように刃物を出現させ、一斉に相手に向けて放つ。それに対して相手は跳躍すると同時に『レビテーション』を使って浮き上がり、刃物の囲みから抜け出した。 宙に浮いた相手に駆け寄りつつ、リゾットがなおも刃物を射出するが、出現した無数の刃物はその一つ一つが相手が飛ばした氷の矢によって撃ち落された。 朝の薄い光の中で砕けた金属と氷の欠片が乱反射し、煙幕のようにお互いの視界を遮る。 視界が晴れた時、リゾットの姿は消えていた。 きょろきょろとリゾットを探すが、その間もなく砕かれた刃物が空中で再構成され、容赦なく襲い掛かる。それらをマントや杖で叩き落し、身のこなしで回避しつつ、口元を隠し、素早く呪文を詠唱し、杖を振る。 途端に周囲の温度が下がっていく。だが、人間にすぐに害になる温度ではない。リゾットは気にせず、攻撃を続けようとした。 だが次の瞬間、そのリゾットの位置に正確に『ウィンディ・アイシクル』が叩き込まれる。 「!?」 驚愕しつつ、氷の矢をある程度、デルフリンガーで吸収し、残りを自らの剣技で切り払う。 その僅かな驚愕が作った隙に相手はリゾットの側面に回りこみ、『エア・ハンマー』を打ち込む。 「相棒、横だ!」 デルフリンガーが警告を発するが間に合わず、氷の矢の対処に気をとられたリゾットはそれを直に受け、吹っ飛んだ。倒れた拍子に霜柱が折れる音が聞こえ、リゾットは相手がどうやってこちらの位置を掴んだのかを理解した。 跳ね起きたリゾットの目に、喉元に向けてすさまじい勢いで迫る杖の先端が映る。 相手は『エア・ハンマー』を撃った直後に『フライ』を唱え、その加速を突きに利用したのだ。ただの木の杖といえど、急所に打ち込まれれば致命傷を負いかねない。 避けるのは間に合わないと判断し、リゾットは杖の先端を手で受ける。杖の先端がリゾットの手を抉るが、その勢いに逆らわず自分自身の上体を回転させ、蹴りを放つ。 小柄な身体が宙を舞った。相手は大地に打ち付けられる所で受身を取り、転がりながら立ち上がる。見ると、リゾットもデルフリンガーを構えなおしていた。 再び二人は向かい合い、視線が交錯する。が、突然、リゾットが剣を下げた。 「こんなところでいいだろう。これ以上やるとどちらかが死にかねない」 その言葉に、相手は無言で頷き、杖を収めた。 第二十章 タバサと小さなスタンド使い 「……満足したか?」 リゾットの問いに、今までリゾットと戦っていたタバサは頷いた。 何故二人がこんなところで実戦さながらの組み手をしたのかといえば、朝の訓練をするリゾットへ、タバサが組み手を申し込んだからだ。 リゾットも一人でトレーニングをするよりは、相手がいた方が訓練としての質があがるので引き受けたのだが、その理由は計りかねていた。 「よければ聞かせてくれ。なぜ俺と戦おうと思った?」 タバサは無表情にリゾットをみつめている。答えないと思ってリゾットが諦めかけたその時、不意にぽつりと呟いた。 「貴方はスタンド使い」 「……スタンド使いと戦ってみたかったのか?」 タバサは頷いた。受けてくれたのだから、一応、理由くらいは教えてもいいと思ったらしい。 「経験が必要」 DIOの館でタバサは自分自身も所属している北花壇騎士団を脱走したケニー・Gに敗北した。幸い、命は助かったが、あそこで終わっていてもおかしくなかった。 タバサは母を守るため、復讐のため、強くならねばならない。そのために知識を蓄え、魔力を得、様々なタイプの敵と戦って力を得る必要がある。 スタンド使いが叔父王の配下にいるというならば、スタンド使いとも戦わなければならない。そして手近にいたサンプルがリゾットだった、というわけだ。 リゾットはDIOの館の経験を通して、自らの母親の仇を討つ、というタバサの目的を何となく察している。自分も相手は違うものの復讐が目的であり、タバサの力になれることなら力になりたかった。 「スタンドに興味があるのか?」 タバサは頷く。リゾットはしばらく考えていたが、この機会にスタンドについては話すことに決めた。 「分かった。確かに、敵として出会う可能性も高い。今度、キュルケやルイズやフーケも交えてスタンドについてきちんと話そう」 リゾットの言葉に、タバサは頷いた。 「ところでタバサ……、髪とマントが乱れている。授業に行く前に直した方がいい」 タバサはまた頷いた。 トリステインの城下町、ブルドンネ街では派手に戦勝記念パレードが行われていた。 聖獣ユニコーンに引かれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な貴族たちの馬車が後に続く。その周りを魔法衛士隊が警護をつとめている。 狭い街路だけでなく、通り沿いの窓から、屋上から、屋根から人々はパレードを見つめ、口々に歓声を投げ掛けた。 「アンリエッタ王女万歳! トリステイン万歳!」 数で勝るアルビオン軍をタルブ草原で討ち破った王女アンリエッタは『聖女』と崇められ、今やその人気は絶頂である。 民の人気だけに留まらず、タルブ草原での戦いは政治状況を一変させていた。 この戦勝記念パレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である大后マリアンヌから王冠を受け渡されるのだ。 当然、王になるのだから、ゲルマニアとの婚約は解消である。ゲルマニアはそれを渋々承知した。一国でアルビオンの侵攻軍を破ったトリステインに、強硬な態度が示せるはずもない。 同盟の解消など論外である。アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとって、トリステインは今やなくてはならぬ強国となっていた。 賑々しい凱旋の一行を、中央広場の片隅で捕虜となったサー・ヘンリー・ボーウッドはぼんやりと見つめていた。彼は炎上したレキシントン号を不時着させるため、最後まで艦に残ったため、トリステインの捕虜となったのだった。 捕虜といっても、杖を取り上げられるだけで、縛られているわけではない。見張りこそ置かれているものの、ボーウッドを含めた貴族の捕虜たちは、広場の片隅で思い思いに突っ立っている。 貴族は捕虜となる際に捕虜宣誓を行う。その誓いを破ることは貴族として最大級の汚名であるとされ、名誉を重んじる貴族たちにとって、それを破ることは死んだも同然なのだ。 「見ろよ、ホレイショ。僕たちを負かした『聖女』のお通りだぜ」 ホレイショと呼ばれた貴族は太った身体を揺らしながら答えた。 「ふむ……、女王の即位はハルケギニアでは前例が無い。それに戦争はまだ継続中だ。大丈夫なのかね。あの年若い女王は」 「ホレイショ、君は歴史を勉強すべきだよ。かつてガリアで一例、トリステインでは二例、女王の即位があったはずだ」 ホレイショは照れ隠しに頭をかいた。 「ふむ、歴史か。してみると、我々はあの『聖女』アンリエッタの輝かしき歴史の一ページを飾るに過ぎない、リボンの一つというべきかな? 我々の艦隊を殲滅したあの光! 驚いたね」 ボーウッドは頷いた。 「奇跡の光だね。まったく……。あんな魔法は見たことも聞いたことも無い。いやはや、我が『祖国』は恐ろしい敵を相手にしたものだ」 呟きつつも、考える。あの光、そしてレキシントンに乗り込んできた謎の竜騎兵は、本当にトリステインが使用したのだろうか。 ボーウッドは捕虜として捕まった後、トリステイン側にその二つについて根掘り葉掘り聞かれていた。ボーウッドはありのままに話したが、トリステイン側が意図的に使ったなら質問されることもないはずだ。 ワルドは竜騎兵に心当たりがあったようだが、彼は行方をくらましていた。もう会うことはないだろう。 ボーウッドは手近に立っていた兵士に部下の安全と処遇を確認した。兵の捕虜は軍役、もしくは強制労働が課されるという。 それだけ確認して兵士に金貨を握らせる。兵士が一杯飲むために立ち去るのを見届けて、ボーウッドは口を開いた。 「もし、この忌々しい戦が終わって、国に帰れたらどうする? ホレイショ」 「もう軍人は廃業するよ。何なら杖を捨てたって構わない。あんな光を見てしまったあとではね」 ボーウッドは大声で笑った。 「気が合うな! 僕も同じ気持ちだよ!」 現王女、そして数時間後には女王となるアンリエッタはパレードの馬車の中でため息をついた。勝利によって自由を掴んだはずの彼女だが、その心は晴れない。 自分を玉座に持ち上げることになった勝利はアンリエッタのものではない。彼女の左の薬指に光る風のルビーの本来の持ち主であるウェールズ、経験豊かな将軍やマザリーニの機知によるものだ。自分はただ率いていたに過ぎない。 憂鬱そうなアンリエッタに、枢機卿マザリーニは口ひげをいじった後、問うた。ちなみに彼はアンリエッタの戴冠以後、相談役に退く予定である。 「ご気分が優れぬようですな。まったくこのマザリーニ、殿下の晴れ晴れとしたお顔をこの馬車の中で拝見したことがございませんわい」 「マザリーニ、私も母のように父の喪に伏し、王座を空位にすることはできないのですか?」 マザリーニは途端に顔をしかめた。 「またわがままを申される! 殿下の戴冠は御母君、臣下一同、そして民が望んだ戴冠ですぞ! 殿下のお体はもう、殿下御自身のものではありませぬ!」 マザリーニが戴冠式の手順の確認を始めた。長い儀式の最後に始祖と神に対して誓約を述べ、大后から王冠を授かるのである。 アンリエッタは心から誓約する気にはとてもなれない。 過去、アンリエッタが心から誓ったのは、ラグドリアンの湖畔で恋人のウェールズとした誓いだけだ。 もう一つあげるならば、アルビオンに赴くルイズの前で行った誓いである。 そんな風に考え始めると、偉大なる勝利も戴冠の華やかさも、アンリエッタの心を明るくはしないのだった。 アンリエッタは手元の報告書に目を落とす。 それを記したのは、捕虜たちの尋問にあたった一衛士で、ゼロ戦に撃墜された竜騎士や、『レキシントン』号の乗組員だった者たちの話が纏めてあった。 その報告書にはタルブ村に突然現れたゴーレムや、竜騎士を全滅させ、『レキシントン』号を襲った竜騎兵の存在が記されている。 ゴーレムの方は詳細は不明。捕虜たちは全くその正体を把握しておらず、タルブの村の人々からも、フードを目深に被ったメイジだった、としか証言を得られなかった。 一方、竜騎兵は敏捷に飛びまわり、竜騎士隊を全滅させた後、『レキシントン』号内で奇妙な魔法を使い、あと少しで船を落とすところだったという。当然、そのような竜騎兵はトリステインには存在しない。 調査の結果、その竜はタルブの村に伝わる『竜の羽衣』と呼ばれるマジックアイテムであることが分かった。それがマジックアイテムではなく、未知の飛行機械だったということも判明している。 タルブ村の住人の証言によると、それを引き取ったのはトリステイン魔法学院の生徒らしい。さらに、『レキシントン』号の艦長、ボーウッド他の証言により、『竜の羽衣』を操っていた者の外見特徴なども分かった。 導き出されるのはルイズの使い魔である。リゾットに関して、アンリエッタは努めて感情を殺して判断するように心がけていた。嫌悪が先に立つからだ。 使い魔がいたということは主人もどこかにいたと考えるのが自然で、実際、アルビオン艦隊を薙ぎ払った光が発生する直前、複数人の乗った所属不明の風竜が目撃されている。そしてその一人がルイズらしい、とも。 尋問に当たった衛士はあの光を発生させたのはラ・ヴァリエール嬢か、その周囲の人間ではないか? という仮説を立てていた。だが、衛士は直接の接触を彼女にしてよいものかどうか迷い、報告書はアンリエッタの裁可を待つ形で締められていた。 「あなたなの? ルイズ」 アンリエッタは呟いた。 戦勝パレードに湧くブルドンネ通りから、いくつも路地を入った裏通り、そこは社会からはじき出されたような連中の吹き溜まりだった。 狭い通りにはいつもは怪しげな露天商や盗品売り、ゴロツキ同然の傭兵が溜まる酒場などが立ち並ぶのだが、今日に限ってはパレードの警備を警戒して、人通りが多くない。 その閑散とした通りを、フーケは歩いていく。普通、フーケのような美女がこの通りを歩いていたらただではすまないのだが、杖を持つメイジとなれば話は別だ。 フーケもまたこの通りに慣れているようで、迷いのない足取りで一軒の建物の戸を開いた。 「……どちらさんだい?」 「私だよ。婆さん」 奥から聞こえたしわがれた声に答えながら、フーケは暗く、埃の臭いが店内を進んでいく。 店内は素人では何を使うか分からないような薬品や器具、鉱物などが陳列されている。見るものが見ればそれらが秘薬の材料だと理解できただろう。 ここは秘薬屋だった。といっても表通りに看板が出ているわけではない。いわゆる非合法の闇店舗というわけだ。もちろん、ご禁制の品々も扱っている。 「おや、フーケかい」 フーケの前に、ローブをまとった老人が姿を現した。腰が曲がっており、杖を突いている。この店の店主である。 「また何か盗んできたのかい?」 「婆さん、私はもう盗賊からは足を洗ったって言っただろ? ちょっとご機嫌を伺いにきただけだよ」 「おおっと、そうじゃったそうじゃった。惚れた男のために足を洗ったんじゃったな」 ひひひ、と笑いながら老婆がからかいを口にする。フーケは顔をしかめた。 「別に男のためじゃないさ。盗まなくても金が手に入るようになっただけでね」 否定の言葉を口にしつつ、フーケは自分の頬が紅潮しているのを感じた。それを自覚したことに余計に照れてしまう。 それをみて、また老婆がひひひ、と笑った。ほとんど皺と垂れ下がった眉毛に隠れているのに、目は見えているらしい。 フーケはこの老婆にどうも頭が上がらなかった。フーケ同様、貴族の身分を剥奪された者の先輩だと言うこともあるかもしれない。 メイジとしての格がフーケよりも一段階上だということもあるかもしれない。この年老いた老婆には戦う身体能力は無いだろうが、それでも秘薬を作らせればまだ天下一品だった。 フーケはため息をついて、話題を変えるべく店内を見回した。 「景気はどうだい?」 「かなりいいのぅ。何しろ最近、大きい仕事があったから」 「へぇ、誰から……って聞くのは野暮か」 「そういうことじゃな。わしの人生最後の大仕事と思って、やらせてもらったがの」 『人生最後』、という言葉に引っかかってフーケは怪訝な顔をした。 「婆さん、どこか悪いのかい?」 「いや、最近、この辺も物騒じゃてな…。……おお、そうじゃ。フーケよ、お主に餞別をやろう」 名案を思いついたように呟くと、老婆は足元にある棚の鍵を開けた。フーケはその厳重な棚にこの店でも最高価の薬品がしまわれていると知っている。が、でてきたものを見て眉をひそめた。 「何だい、私が売った惚れ薬じゃないか。そんなもん貰ってもねえ……」 「いらんのかい?」 「……いや、そんなもので相手を落としてもね。第一、相手が素直に飲んでくれるわけ無いじゃないか」 「その割には間があったのぅ。それに、わしは別に誰かに飲ませろなんていった覚えは無いがね。また売ったっていいわけじゃから」 「う……」 やられた、という顔をするフーケを見て、老婆はにたりと笑い、言葉を続ける。 「まあ、そこまで自分に夢中にさせるのがためらいがあるなら、香みたいに吸わせても若干弱いが効果はでるぞ」 「嗅がせるのかい? でもそれじゃ、自分まで影響がでるじゃないか」 何だかんだいって興味があるのか、フーケは詳しい話を聞いている。 「至近距離じゃなけりゃ大丈夫…心配なら予め解毒剤を飲んでおけばいい話じゃ。お主が欲しいなら解毒剤もつけるが……どうじゃ?」 フーケの心は揺れた。うまくやれば相手に悟られずに仕掛けられるかもしれない。あの堅物というか鉄面皮を落とすにはそれこそあらゆる努力が必要だろう。 「……本当に、ただでくれるのかい?」 「ああ、ただ。わしとお前の間柄じゃしな」 フーケは心を決め、次の言葉を言った。 「でも断る」 「なんと!?」 驚く老婆に、フーケは髪をいじりながら言葉を続ける。 「あのね、婆さん。私にだってプライドがあるのよ。そんなものに頼るのは自分自身に魅力がないと断言するようなものじゃないか。 それに、私は別にあいつに尽くしてもらいたいわけじゃないからね」 「要するに自分で飲んで素直な気持ちで相手に尽くす、と?」 フーケは頭を痛くなってきた。少しだけ老婆をにらむ。 「何でそうなるんだい。いいかい? 私は雇われちゃいるが、本質的にはあいつと対等でいたいんだよ。薬の力なんか使ったら、そのときは良くても後で対等になれないじゃないか」 それから横を向いて、もしもあいつが弱ってたら助けるけど、と付け加える。老婆は感心したように息をついた。 「なるほどのぅ……。まあ、お主がそう思うならこの話はなしにしておこうかのぅ」 「そうしてくれて構わないよ」 そこでフーケは店にある時計を見た。 「それじゃ、私はもう行くよ」 「おや、デートかの? 妙に声が弾んでおるが」 「はは、そんなんじゃないよ。ちょっと雇い主の仲間と顔合わせするだけさ」 笑ってフーケは店を出て、魔法学院を目指して移動する。それが老婆とフーケの最後の出会いだった。 さて、一方、魔法学院では戦勝に湧く城下町とは対象的に、いつもと変わらぬ日常が続いていた。 戦争といっても学び舎である学院には一応、関わりのない事件であるし、学院長のオスマンが大騒ぎすることを嫌ったからでもある。 そもそもハルケギニアは始終どこかが小競り合いを行っており、始まれば騒ぐものの、戦況が落ち着けばいつものごとくである。 ルイズたちが戦場に行ったことは彼女たちに怪我もなかったこともあり、コルベールは秘密にしていた。 リゾットが怪我をして帰ってきたことでギーシュなどは気づいたようだが、見舞いには来たものの、特に騒ぎ立てず、平穏な暮らしに戻ることが出来た。 そんな平穏な魔法学院の夜、人も少なくなった寮塔の廊下を、一つの人影が人目を忍ぶように歩いていく。 人影はローブを着込み、フードを目深に被っており、その人相は知れないが、その裾から時折のぞく白く、細い指はどうやら女のようだった。 女は音もなくある部屋の前に来ると、扉を一定のリズムにしたがって叩く。開いた扉から中へ入り、フーケはフードを取った。 「まったく、お尋ね者は辛いね。魔法学院に来るのにも一苦労だよ」 やれやれ、といった感じでフーケはため息をつくが、扉を開けたリゾットはあくまで冷静に返す。 「お前の前科は本物だからな……仕方ない。それより、もう傷はいいのか?」 「タルブの村で匿ってもらったお陰でゆっくり出来たから、それは心配しなくていいよ。治療費は高くついたけど、あんたに出してもらったしね」 「そうか…」 「そうそう、それと、さっき見たとき、ミスタ・コルベールが広場でゼロ戦をバラバラにしてたようだけど、いいのかい?」 「ああ。先生に構造の研究がてら、整備をお願いしてるところだからな」 「ちょっと、いつまで話し込んでるのよ……」 不機嫌そうな声が二人の間に割って入った。ルイズだ。 「おっと、そうだね。お待たせしちゃ悪い」 フーケは一つ咳払いをすると、柔らかな微笑を浮かべた。 「お待たせしました。皆様、そろっていらっしゃるようですので、始めましょうか」 「いきなり、ミス・ロングビルにならないで!」 いらいらとルイズは叫ぶ。 一応、リゾットから事情を聞いて納得はしたもの(『納得』までにかなりの時間を要したことは書くまでもない)の、ルイズはフーケを好きになれなかった。 殺されかけたということもあるが、それ以上に、リゾットと親しげなのが気に食わない。要するに、ルイズはフーケに嫉妬しているのだ。 そんな思いを見透かすように、キュルケがルイズをたしなめた。 「嫉妬はみっともないわよ、ルイズ」 「し、ししし嫉妬って何よ!? 誰が嫉妬してるのよ!?」 怒りと照れで顔が真っ赤になるルイズに、キュルケは指を突きつけた。 「貴方よ、貴方。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 「嫉妬なんかしてないわ! 私は使い魔が盗賊といちゃいちゃしてるのが気に入らないだけで」 「それを嫉妬って言うのよ、ルイズ」 「違うもん! 色ボケのあんたと一緒にしないで!」 「何ですって!?」 言い合いを始めた二人を見て、フーケがクスクスと笑い出す。 「あんた達、仲良いねえ」 「「どこが!?」」 同時に同じ返事をした二人は顔を見合わせ、フーケは再び笑い始めた。傍観していたリゾットが呆れて口を出す。 「……そろそろ始めよう。この調子だと夜が明ける」 「同感」 本をめくるタバサにまで言われ、ルイズもキュルケもとりあえず矛を収める。タバサが本を閉じ、全員の視線が集まったところで、リゾットが口火を切った。 「それじゃあ、スタンドについて詳しく説明する」 まずはスタンドの基本的な能力である、一人一体の生命の像を持つ、スタンドと本体のどちらかが傷つけば一方も傷つく、像はスタンド使い以外には見えない、といったことを説明する。 そして次にリゾット自身のスタンド『メタリカ』の能力について話し始めた。 リゾットの手の中で、空中から粒子が集まるようにしてナイフが作られていく。 「これが俺のスタンド『メタリカ』だ。能力は磁力による鉄分の操作」 「ねえ、リゾット、鉄分って何? それに磁力を操るって…どうやって?」 ルイズが質問を挟んできた。一緒に聞いていた一同もイマイチ要領を得ない顔をしている。 ハルケギニアでも磁力という概念はあるものの、その特性に関してはほとんど未知の領域らしい。 「鉄分は…目に見えないくらい小さな鉄の粒だ。それがいろんな物にくっついてると思えば大体間違いない。土にも湧き水にも空気中に含まれる僅かな土埃にも人体にも含まれている」 「人間の身体にも?」 ルイズは自分の手をしげしげと見た。その中に鉄が含まれてるとは信じられないらしい。 「人体では血液に多く含まれている。血の味が錆びた鉄のような味なのは鉄が含まれているからだ。俺のスタンドはそれらの鉄分を自在に操り、増やして固めることで鉄を作ることができる」 「『錬金』の魔法みたいなもの?」 キュルケが分かりやすいように自分たちの既知の手段に置き換えて言う。 「それに近い。それだけなら汎用性の無い『錬金』だが、そこでもう一つ、磁力が関わってくる。 磁力というのは……そうだな。鉄同士を引き寄せたり弾いたりする、見えない力だと思えば大体間違いない。これを自在に操ることで、俺は金属を飛ばしたり引き寄せたりすることができる」 ナイフを宙に浮かべつつ、リゾットが簡単に解説する。 「俺の能力は以上だが、スタンド使いはそれぞれ固有の能力を持っている。幻覚を見せる、炎を操る、未来を予知する、などなどだな。 凄いのになると時間を止めたりするスタンド使いもいる。どんな能力であれ、基本的にスタンドは一人一能力だ」 例外はいつでもいるのだが、とリゾットは付け加える。現にリゾットが地球で最後に戦ったボスは、予知に加えてさらに何かの能力を持っていた。 「一つしかないんじゃ、不便だと思うんだけど、そうでもないのよね?」 「そうだな。これは地球での俺の仲間がよく言っていたことだが、どんなくだらない能力も頭の使いようだ。たった一つの能力でも発想一つで様々に変わる」 リゾットのメタリカとて、最初から様々なことが出来たわけではない。最初は使いにくいかったが、時間をかけて試行錯誤し、技を磨いてきたのだ。 そういう意味で、ホルマジオの苦労は身にしみて分かっている部分がある。 「…『治す』スタンド使いはいるの?」 今まで黙っていたタバサが急に口を開いた。 「いや、俺は知らない。だが、そういうのがいても不思議じゃないな」 「そう……」 母を救うことができるスタンド使いもいるかもしれない、という希望がタバサにはあった。異世界を行き来する目処は立っていないので、単なる可能性の一つ、程度で考えているが。 「この世界にスタンド使いはどれくらいいると思う?」 「予想もつかないが、この数ヶ月で二人に出会った。他にいるなら、また出会うことになるだろうな」 「あら? どうして?」 キュルケが不思議そうな顔をする。経験則からの仮説になるが、と前置きしてリゾットは説明を続けた。 「『スタンド使いは惹かれあう』という法則があるからな……。俺たちスタンド使いは、必ずどこかで出会う。それこそ、磁石みたいに引き合うんだ」 「ふ~ん……。しかし、みずくせえや、相棒。もっと早く話してくれりゃあ良かったのに」 不平をもらすデルフリンガーに、フーケも思い当たる点があった。 「そういえば、前に私が聞いてときも答えてくれなかったね。どういう心境の変化だい?」 「魔法と違って、汎用性がないスタンドは、自分の手の内を知られることは弱点を知られることに繋がる。だから、信頼した相手にしか明かせない」 それを聞いてルイズが不満そうに漏らした。 「ふん。もっと早く教えなさいよね。私はあんたのご主人様なんだから信頼して当然でしょ?」 「お前は気分屋だからな……」 「何よ、それ…」 ルイズはむすっとして横を向いた。秘密を明かしてくれたこと自体は嬉しいのだが、キュルケやフーケと一緒というのが気に食わないのだ。 進歩のないルイズを見てリゾットは内心、ため息をついた。こういう気難しいところがリゾットに話すのをためらわせたのだ。 「私が言うことじゃないかもしれないけど……ダーリン、フーケにまで明かしてよかったの? 一度は私たちを騙した女よ?」 キュルケはそんなことを言ってしまう。キュルケとて、嫉妬を感じないわけではないのだ。あまり表に出さないだけで。 だが指摘された当のフーケはニヤニヤしている。からかう気満点だ。 「まあ、確かに。私は金次第で転ぶかもしれないけどね」 「お前はそんな裏切りはしない。そのくらいの節度はある」 あっさり即答され、フーケは下を向いた。ぼそぼそと呟く。 「…………まったく、面白くない男だね…」 それから顔を上げた。辺りさわりのない話題に変えてみる。 「あー、と……その……そういえば、だ。今回、シエスタには教えないんだね。ちょっと意外だよ」 「彼女は戦うわけじゃないからな……。スタンド使いの存在と危険性は教えてある。それで十分だろう。むしろ詳しく知ると却って危険な可能性もある」 「じゃあ、ギーシュは?」 「あいつは……人間的に信頼はできても、口が軽いからな……。酔っ払った拍子とかで喋りそうだ…」 ああ、とキュルケは納得する。キュルケもギーシュと飲んだことがあるが、ギーシュは酒に酔うと羽目を外すタイプなのだ。 酔っ払ったところに美女が言い寄れば、簡単に口を割る可能性はある。酔ってなくてもモンモランシー辺りに乗せられれば簡単に話しそうだ。 「他には?」 タバサが続きを促す。 「後は……スタンドには射程距離というものがある。スタンドの像やその能力が有効な距離だな。 スタンドによって数メイルから数リーグまで幅広いが、本体からの距離が近いほうがパワーが強い。どのくらいの射程かはスタンド像と本体の動きで大体わかる。 近距離型は本体が姿を見せて挑まざるを得ない。つまり近づいてくるスタンド使いは大体、近距離型だ。パワーがあるから近づかれずに戦うようにすることが必要だ。 中距離型、つまり距離が10メイルから100メイル前後の場合は本体が付かず離れずの距離を保って攻撃を仕掛けてくる。俺のメタリカもこのタイプだが、像での攻撃より、能力を使ってくることが多い。 遠距離型は別名遠隔操作型。かなり遠くまでスタンド像を動かせるから、本体は姿を見せないのが一般的だ。ただ、パワーは大抵の場合、弱い。 例外として自動追跡型というのがいる。これは本体から遠く離れていても強いパワーを持っているが、特定条件に当てはまる者に近づいて攻撃、といった単純な行動しか出来ない。このタイプは像が傷ついても本体に影響がないことが多い」 「それなんだけど、スタンドってのは、本当にスタンド使い以外には見えないのかい? 遠隔操作型や自動追跡型に狙われたらほとんど対処できないんだけど」 フーケの危惧はもっともだ。遠隔操作型でも大体は、人間一人を始末するくらいの能力はある。 「……スタンド使いでなくても、才能がある人間なら見える場合もある。同じ精神力を使うメイジが該当するかどうかだな。スタンドは幽霊と同じだ。見える奴は見えるし、見えない奴は見えない……」 その瞬間、タバサの体がぴくりとゆれた。 「? どうした?」 「……何でもない」 「? そうか……」 まさかタバサが幽霊が苦手とは思わないので、リゾットは気にせず、自分のスタンドを身体の外に出す。 「今、俺のスタンドをここに出した。よく見てみろ」 全員の視線がリゾットの指先に集まる。 「何もないじゃない」 「見えないわね」 「見えないねえ……」 「………何かコツは?」 「『感覚の目』だ……。光の反射を捉えるのではなく、もっと本質的なものを捉える。言葉で言えばそういうことになる。そういうつもりで見ろ」 スタンドの中には同じスタンド使いでも気付きにくいタイプもいる。そういうスタンドを見る時のつもりでリゾットはアドバイスをした。 「気のせいっていえば気のせいのような感じだけど……」 「そういわれると…何かいるような気もするわね……」 「う~ん……像としては見えないねえ……」 「………」 どうやら『何かいる』程度には感じるものの、はっきりと像としてみたり、声を聞いたりはできないようだ。 スタンドの外見から能力をつかめるケースもあるので不利といえば不利だが、まったく感知できないよりはマシだろう。 「大体そんなところだな……。万が一スタンド使いと戦うことがあったら、パニックを起こさないことだ。一見異常な攻撃でも、何かの法則に基づいて攻撃しているはずだ。それを見極めろ」 ルイズがメタリカから顔を上げて、リゾットに視線を向けた。 「ねえ、リゾット。さっきから戦うことを前提にして話しているけど、スタンド使いってそんなに凶暴なの?」 「そういや、確かにそうだな。今まであった二人も好戦的だったし、その辺、どうなんだ、相棒?」 ルイズとデルフリンガーがそういうのも無理はない。リゾットは主にタバサに向けて話したため、どうしても戦闘が前提になってしまったのだ。 「……絶対とはいえないが、スタンド使いにはどこか社会から外れた人間が多い。何だかんだ言って自分の能力に自信を持っている連中ばかりだからな……」 実際、スタンドに目覚めた者で犯罪に一切手を出さないでいる人間というのは稀だ。 特に貧しい生まれで生まれながらのスタンド使いの場合、親も周囲も警察も恐れず、どんどん犯罪に手を出した挙句、ギャングやもっと性質の悪い組織の一員になるといったケースは珍しくない。 「まあ、貴族社会から追放されたメイジが傭兵や犯罪者になるみたいなものか」 自身を省みて、色々思うところがあるのか、フーケが少し遠い目で呟く。その目でキュルケは以前の疑問を思い出した。 「そういえば、前にも聞こうと思ったけど、貴方って何をして貴族から追放されたの?」 「ちょっと、キュルケ……」 ルイズが止めようとするが、キュルケは好奇心を抑えられない。 「別にいいじゃない。無理に話せとは言ってないし」 そういいつつ、好奇心に目を輝かせているキュルケに、フーケは呆れた。黙秘しようとも思ったが、考え直す。 「ん~……まあ、確かに一応、仲間になったことだしね。少しは教えてもいいか。王家に『あるもの』を差し出さなかったせいさ」 「『ある物』って? それに、王家ってどこの王家?」 「そいつは言えないね。……まあ、リゾットになら条件次第でもっと詳しく話してやってもいいよ」 途端にルイズがむっとする。 「何であのイカ墨に教えてそのご主人様には教えられないのよ」 「そりゃ、リゾットは私の直接の雇い主だからね。その主人様のあんたにゃ、別に雇ってもらった覚えもないし」 ルイズは悔しさのあまり、う~、と唸り始めた。タバサはそんなフーケとルイズを無表情にじっと見ている。 「フーケ……。俺をあまりルイズをからかうダシにするな……」 リゾットが口を挟むと、フーケは苦笑してリゾットに向き直った。 「別に、ダシにしてるわけじゃないよ。で、どうだい? あんたの過去を話してくれるなら、私も私の過去を話すけど、興味ない?」 口調は茶化しているが、目は真剣だった。しかし、リゾットは首を振る。 「……いや、遠慮しておこう」 リゾットとて、ある程度話しても構わないとは思うのだが、それを交換条件などの材料にはしたくなかった。お互い、教えたいなら話せばいいし、知りたいなら訊けばいいのだ。 「そうかい……。ま、仕方ないね」 フーケは落胆を隠して明るくいった。 「ふん、ご主人様にだって話さないのに、アンタになんか話すわけないでしょ!」 何故かルイズが勝ち誇って言う。実際には勝ってはいないのだが。 そんなルイズとフーケを見て、キュルケが微笑んだ。 「ダーリンを思うのって、大変ね。ライバル多くって」 「? 普通、そこは笑わねーと思うんだけど……」 不思議そうにデルフリンガーが呟く。キュルケは前髪をかきあげながら、妖艶に笑った。 「あら? だって好きな男が他人からも好かれてるなんて素敵じゃない? むしろ誇らしいし、燃えるわ」 「お、おでれーた…。すげープラス思考……」 デルフリンガーが感心していると、途端にルイズが噛み付いた。 「ちょっとキュルケ! 私はこんなイカ墨、好きじゃないわよ! 変な想像しないで!」 「あら、そうなの?」 「そうよ! ……まあ、それなりによく仕えてくれてるから、決して嫌いではないけど……」 「何だかねえ……」 フーケはこの日、何度目かになる苦笑をもらした。そこで自分の目的を思い出す。 「ところでリゾット、ついでにルイズ。話しておきたいことがあるんだけど……いいかい?」 「何だ?」 「ついでにってのがひっかかるけど……何よ?」 改まったフーケに、リゾットとルイズだけでなく、キュルケも注目する。タバサは本を読み始めた。 「タルブの村にかくまわれてる間、王宮から来たらしい連中を何度かみたよ。多分、あの竜の羽衣の出所を探ってたんじゃないか?」 「姫様かしら……」 「多分ね。あの様子だとあんたたちに辿り着くのもそんなに時間はかからないんじゃないかな。 あの『奇跡の光』のこと……詳しくは聞かないけど、誤魔化したいなら何か考えておいた方がいいよ」 フーケの言っている『奇跡の光』とはもちろん、ルイズが放ったあの『爆発』の魔法だ。それを間近で見ていたキュルケが心配げにルイズをみつめる。 「ねえ、ルイズ……。あの魔法って……?」 「ん、ごめん……。まだ、自信がないの。はっきりするまで、もう少し時間をちょうだい」 キュルケは息をついた。 「ふぅ……。まあ、いいわ。でも、あんまり溜め込まないで。せめてダーリンには相談しなさいよ」 「うん、ありがとう、キュルケ…」 何だ、素直になれるじゃないか、とフーケは妙な驚きをしてルイズを見ていたが、やがて席を立つ。 「さて、じゃあ、私はそろそろ帰るよ。連絡したいときは例の方法で」 「ああ……」 「あっと……そうそう、シエスタだけど………。まあ、これは私が言うことじゃないか」 「?」 「ま、女ってのは強いようでいて弱いものさ。弱いようで強いものでもあるがね。その辺、あんたは覚えておきなよ?」 意味深に笑って、フーケは部屋から出て行った。 「夜も遅いし、私たちも帰りましょうか、タバサ?」 タバサは頷く。二人は連れ立って廊下に出た。 自室の前で、キュルケはタバサを振り返った。 「さっきもちょっと話題に出たけど、ダーリンって元の世界で何をしてたのかしら。タバサ、知ってる?」 「……どうして私に?」 「いや、何かタバサって、ダーリンから特別に思われてるようなところがあるから」 「そう?」 タバサは2、3回瞬きを繰り返した。それから付け加える。 「彼は彼なりに私たちを信頼している。その証拠にスタンド能力についても教えてくれた。私はそれで十分」 タバサだって過去のことはどうしても知られたくないわけではないが、積極的には話したくはない。リゾットも似たようなものなのだろう、と思っていた。 「そうね……。どうしても知りたくなったら訊いてみましょうか。お休み、タバサ」 タバサは頷いて、キュルケが部屋に入るのを見届けると、自分も部屋に戻る。DIOの館以来、時折感じる奇妙な感覚に襲われながら。 ワルドがアルビオンのロンディニウムに帰還すると、早速、皇帝クロムウェルに呼び出された。 久しぶりに見るクロムウェルは、相変わらずシェフィールドを従え、いつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。あれだけの敗戦の後にこんな笑みを浮かべられるというのは、大物なのか、馬鹿なのか、どちらか判断が付きかねた。 「トリステイン侵攻に失敗いたしました。申し訳ございません」 「おお、子爵。そのようなことは気にせずとも良い。君が今回の失敗の原因ではないのだからな。いや、君だけではない。誰の責任でもない。 あえて言えば、あのような未知の魔法の使用を予見できなかった我ら指導部にこそ、罪はある。だから、そのようにかしこまらずともよい」 クロムウェルはワルドに手を差し出した。ワルドはそこに口をつける。 「は、閣下の慈悲のお心に感謝いたします」 そういいつつ、今のワルドの心は晴れ晴れとしていた。ガンダールヴとの二度目の戦いを制し、恐怖を乗り越えたことで、ワルドは自分が成長した実感を得ていたのだ。 しかし、あのときの光は気になった。クロムウェルが言うには『虚無』は命を操るという。ならばあの光は一体なんだというのか。 「あの未知の魔法の光は『虚無』なのでございましょうか? あの光は四系統とは相容れませぬ。しかし、閣下の仰る『虚無』とも相容れませぬ」 「余とて、『虚無』の全てを理解しているとは言い切れぬ。『虚無』には謎が多すぎるのだ。歴史の闇に包まれておるからな」 「歴史。そう、余は歴史に深い興味を抱いておる。たまに書を紐解くのだ。始祖の盾、と呼ばれた聖者エイジスの伝記の一章に、次のような言葉がある。数少ない『虚無』に関する記述だ」 クロムウェルは詩を吟じるような口調で、次の言葉を口にした。 「 始祖は太陽を作り出し、あまねく地を照らし出した ……。まるであの未知の光だ。しかし謎が謎のままでは、気分がわるい。目覚めも悪い。そうだな、子爵」 「仰るとおりです」 「トリステイン軍はアンリエッタ自らが率いていたという。ひょっとするとあの姫君は『始祖の祈祷書』を用い、王室に眠る秘密をかぎ当てたのかも知れぬ」 「王室に眠りし秘密とは?」 「アルビオン、トリステイン、ガリア、それぞれの王家は元々一つ。そしてそのそれぞれに始祖の秘密が分けられた。そうだな? ミス・シェフィールド」 クロムウェルが傍らの女性を促した。 「閣下の仰るとおりですわ。アルビオン王家に残された秘法は二つ。『風のルビー』は行方知れずに、もう一つは調査が済んでおりません」 ワルドはシェフィールドを見た。深いローブで顔を隠しているが、表情は伺えない。魔力は感じないが、博識さといい、何か特殊な能力なり技能を持っているのだろう。 「今やアンリエッタは、『聖女』とあがめられ、なんと女王に即位するとか。彼女を手に入れれば、国も、王家の秘密も手に入ろうな……」 クロムウェルは笑みを浮かべた。 「ウェールズ君」 廊下から、クロムウェルによって蘇ったウェールズが、部屋に入ってきた。 「余は君の恋人……、『聖女』どのに戴冠のお祝いを言上したいと思う。我がロンディニウムの城までお越し願ってな。なに、道中、退屈だろうが、君がいれば退屈も紛れるだろう」 ウェールズは抑揚のない声で、 「かしこまりました」とだけ呟いた。 「では、子爵。ゆっくりと休養を取りたまえ。『聖女』をこのウェールズ君の手引きで無事晩餐会に招待する事ができたら、君にも出席願おう」 ワルドは頭を下げた。死人に仕事を取られるのは業腹だったが、ここはクロムウェルの手並みをみることにした。 リゾットのことをワルドは報告していない。あくまで決着は自分でつけるつもりなのだ。ウェールズ相手に倒されるなら、それも仕方ない、とは思いつつ、ワルドは退室した。 ワルドが退出した後、シェフィールドも自室に下がった。扉を閉め、周囲を見渡す。誰もいないことを確認し、椅子に腰掛けると、急に部屋の隅から声がした。 「ウェールズの同伴にスタンド使いをつけなくていいのか? ミス・シェフィールド」 先ほどまで誰もいなかったはずの部屋の中に、いつの間にか男がいた。その男を認めると、シェフィールドが不機嫌そうに鼻を鳴らした。 「ふん、お前か……。ノックくらいはしたらどう?」 「したさ。お前が気付かなかっただけだろう?」 男は平然と答える。その言葉にはどこかシェフィールドを嘲るような調子があった。 「口の利き方に気をつけるんだね。戻されたいの?」 「これは失礼を。だが、私を戻すと貴方様も困るのでは?」 シェフィールドは舌打ちした。この男、拾った当初は従順だったが、日が経つにつれ、次第に傲慢な本性をあらわし始めた。 だが、スタンド使いを束ねるのはスタンド使いでなければ勤まらない。この男ほど強力なスタンド使いは今のところ、いなかった。 「……スタンド使いね。一人でいいわ。今のところ、トリステインにスタンド使いは確認されていないからね」 「了解した。そうそう………事後承諾になるが、使えぬスタンド使いを1名、野に放った。害にならないところにな。トリステイン側にスタンド使いがいるなら、つぶしあってくれるだろう」 シェフィールドは男をにらみつけた。 「勝手な真似を!」 「そうかね? 陛下はお気になさらないと思うが。それに、アレは置いておくと、悪戯に被害が増える……」 その言葉でシェフィールドはピンと来た。 「分かったわ……。陛下には私から申し上げておく。これからは事前に報告を上げなさい、いいわね」 「仰せのままに。ミス・シェフィールド」 一礼すると、男は再び姿を消した。 その後、案の定、王宮からの使いがやってきて、ルイズはアンリエッタの元へと召しだされた。 謁見の間に通されたルイズは恭しく頭を下げた。 「ルイズ、ああ、ルイズ!」 アンリエッタは駆け寄り、ルイズを抱きしめた。頭をあげず、ルイズは呟いた。 「姫様…、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」 「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。貴方はわたくしから、最愛のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」 「ならばいつものように、姫様とお呼びいたしますわ」 「そうしてちょうだい。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍、窮屈は三倍、そして気苦労は十倍よ」 アンリエッタはつまらなそうに呟いた。気を使う客ばかりでうんざりしていたのだ。 (リゾットが聞いたら怒るでしょうね) アンリエッタの台詞に心の中で苦笑しつつ、友人の愚痴を受け止める。 わざわざ授業のある平日に自分を呼び寄せた理由はなんだろう。やはり『虚無』のことだろうか? 一応、リゾットと相談して、あの『虚無』と思しき魔法のことはリゾットがガンダールヴであることと同様、秘密にする予定ではあるが、アンリエッタがどこまで調べているか分からない。 何より、ルイズはアンリエッタに嘘をつきたくなかった。最近になるまで、アンリエッタはルイズのただ一人の友人だったからだ。 ルイズは次の言葉を待った。だがアンリエッタは自分の目を覗き込んだまま、話さない。仕方なくルイズは今回の戦の勝利の祝いをのべはじめた。 「あの勝利は貴女のおかげだものね、ルイズ」 ルイズははっとしてとぼけようとしたが、アンリエッタは微笑んで、ルイズに羊皮紙の報告書を手渡した。それを読んだ後、ルイズはため息をついた。隠し通せないと悟ったのだ。 「ここまでお調べなんですか」 「あれだけ派手な戦果をあげておいて、隠し通せるわけがないじゃないの」 「今まで隠していたこと、お許しください」 「いいのよ。でも、わたくしにまで隠し事はしなくても結構よ、ルイズ」 アンリエッタはふぅ、とため息をついた。 「多大な……、本当に大きな戦果ですわ。ルイズ・フランソワーズ。貴方と、その使い魔が成し遂げた戦果は、このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類をみないほどのものです。 本来なら、ルイズ、貴方には領地どころか小国を与え、大公の位を与えてもいいくらい。そして使い魔にも特例で爵位を授けることくらいできましょう」 「わ、私は何も……、手柄を立てたのは使い魔で……」 ルイズはぼそぼそといいにくそうに呟いた。 「あの光は、貴方なのでしょう? ルイズ。城下では奇跡の光だ、などと噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。あの光が膨れあがった場所に、貴方たちが乗った風竜は飛んでいた。あれは貴方なのでしょ?」 ルイズはアンリエッタに見つめられ、それ以上隠し通すことができなくなった。 こうなったら仕方ない。リゾットには口止めされていたが、ルイズは「実は…」と切り出すと、始祖の祈祷書のことを語り始めた。 「始祖の祈祷書には、『虚無』の系統と書かれておりました。姫様、それは本当なのでしょうか?」 アンリエッタは目を瞑った後、ルイズの肩に手をおいた。 「ご存知、ルイズ? 始祖ブリミルは、その三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したのです。トリステインに伝わるのが貴方の嵌めている『水のルビー』と始祖の祈祷書」 「ええ…」 「王家の間では、始祖の力を受け継ぐ者は王家にあらわれると言い伝えられてきました」 「私は王族ではありませんわ」 「ルイズ、何をおっしゃるの。ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子。なればこその、公爵家なのではありませんか」 ルイズははっとした顔になった。 「あなたも、このトリステイン王家の血をひいているのですよ。資格は十分にあるのです。それに、貴方の使い魔は『ガンダールヴ』なのでしょう?」 ルイズは頷く。オールド・オスマンやワルド、それにデルフリンガーもそのようなことを言っていた。 「では……、間違いなく私は『虚無』の担い手なのですか?」 「そう考えるのが、正しいようね」 ルイズはため息をついた。それを見ながら、アンリエッタは言葉を続ける。 「これで貴方に、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね? ルイズ」 ルイズはこわばった顔で頷いた。ルイズの『虚無』が本物だった場合、下手をすればトリステインからさえ狙われる、とリゾットは指摘していた。 「だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたくしと、貴方の秘密よ」 それからルイズはしばらく考え込んでいたが……、やおら決心したように、口を開いた。 「おそれながら姫様に、私の『虚無』を捧げたいと思います」 「いえ……、いいのです。貴方はその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」 「神は……、姫様をお助けするために、私にこの力を授けたに違いありません!」 しかし、アンリエッタは首を振る。 「母が申しておりました。過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言い切れるでしょうか?」 ルイズは昂然と顔を持ち上げた。自分の使命に気付いたような、そんな顔であった。しかし、その顔はどこか危うい。 リゾットがいればルイズを止めようとしただろう。秘密裏に動く特殊な能力者、などリゾットたち暗殺チームとほとんど同じ立場だからだ。だが、彼女の使い魔は今、別の部屋で待たされている。 「わたしは、姫様と祖国のために、この力と身体を捧げたいと常々考えておりました。そうしつけられ、そう信じて育って参りました。しかしながら、わたしの魔法は常に失敗しておりました。 ご存知のように、ついた二つ名は『ゼロ』。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」 ルイズはきっぱりと言い切った。 「しかし、そんな私に神は力を与えてくださいました。私は自分が信じるもののために、この力を使いとう存じます。それでも陛下がいらぬとおっしゃるなら、杖を陛下にお返しせねばなりません」 アンリエッタはルイズのその口上に心打たれた。 「わかったわ、ルイズ。貴方は今でも……、一番の私のおともだち。ラグドリアンの湖畔でも、あなたはわたくしを助けてくれたわね。わたしくの身代わりに、ベッドに入ってくださって……」 「姫様」 ルイズとアンリエッタは、ひし、と抱き合った。完全に二人の世界である。 「これからも、わたしくの力になってくれるというのね、ルイズ」 「当然ですわ、姫様」 「ならば、あの『始祖の祈祷書』はあなたに授けましょう。しかしルイズ、これだけは約束して。決して『虚無』の使い手ということを、口外しませんように。また、みだりに使用してはなりません」 「かしこまりました」 「これから、貴方はわたくし直属の女官ということに致します」 アンリエッタは羽ペンをとると、さらさらと羊皮紙に何かしたためた。それから羽ペンを振ると、書面に花押がついた。 「これをお持ちなさい。わたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む、国内外へのあらゆる場所への通行と、警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由がなければ、仕事もしにくいでしょうから」 ルイズは恭しく礼をすると、その許可証を受け取った。アンリエッタのお墨付きである。ルイズはある意味、女王の権利を行使する許可を与えられたのだった。 「あなたにしか解決できない事件がもちあがったら、必ずや相談いたします。表向きは、これまでどおり魔法学院の生徒として振舞ってちょうだい。まあ、言わずともあなたなら、きっとうまくやってくれるわね」 「はい、きっと!」 ルイズは勢い込んで答えた。 一方その頃、リゾットは特別に用意された部屋で一人、なかなか戻ってこない主人の帰りを待っていた。 リゾットは丸腰だった。デルフリンガーを含む武装の一切は城に入るときに預けている。 「…………」 敵など出ようはずもない状況なのであるが、部屋の中はまるで立会い中のように張り詰めた空気に満たされていた。 原因はリゾットではなく、柱の影から放たれる敵意にある。 「おい……、いい加減に出て来い。そんなに敵意をむき出しにして、隠れるも何もないだろう」 潜んでいた人物が無言で姿を現す。 短く切った金髪の下、青い目が覗く女性だった。本来なら澄み切っているのだろうが、今は敵意に満ちている。所々板金で保護された鎖帷子に身を包み、その腰には杖ではなく剣が下げている。 「何だ、お前は?」 リゾットの問いに答えず、女はつかつかと歩み寄ってきた。じろじろと値踏みするようにリゾットを見る。 その立ち居振る舞いには隙がない。リゾットはこの人物がスタンドを使えばともかく、丸腰で勝てる相手ではないと瞬時に悟った。 (武装は剣だけじゃないな……。銃も携帯している) 「どうやらただの馬の骨ではないようだな。私に気付かないようなら城からたたき出してやろうと思っていたが」 「…………」 女は何かの証明書らしきものを取り出してリゾットに突きつけた。断片的しか読めないが、アルビオンの時に見たアンリエッタの花押が押されている。 「女王陛下の、か?」 リゾットの呟きに、女は頷いた。 「ミス・ヴァリエールの使い魔、リゾットだな? お前に知らせることがある。ついて来い」 言うなり身を翻して部屋を出て行こうとする。女の態度に嘘は見つけられなかったが、リゾットは動かなかった。 「……お前の主人はまだ戻ってこない。さっさとしろ」 「お前の名は? 名前も分からない不審人物についていくつもりはない」 「さっきの証明書に書いてあっただろう?」 「俺はまだ人名は読めない。読み方の法則は習ってないからな」 女は舌打ちした後、名乗った。 「アニエスだ。納得したらついて来い」 頷くと、リゾットはアニエスについていった。
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学院へと飛ぶ風竜の上は重苦しい沈黙に包まれていた。 ルイズは放心したように座り込み、キュルケは破壊の杖に目を落とし、タバサは行く先に目をやっていた。 「……ダーリンは…戻ってくると思う?」 キュルケがタバサに不意に聞いた。なぜかタバサなら分かると思ったのだ。 タバサは珍しく躊躇するようなそぶりを見せた後、答えた。 「…彼は死ぬつもりだった……と思う……」 リゾットがタバサの過去に傷を感じたように、タバサもまたリゾットの過去に傷を感じていた。 おそらくは彼はルイズの使い魔になる前、家族か、仲間か、何か大事なものを失ったのだ。 そしてそのことにリゾットは負い目を感じている。それは誰にも解決できない。彼自身が克服しなければならないのだ。 しかしタバサは思う。 それでも何か、他人が彼を助けになることはできないのかと。 自分自身のように、それは誰にも手出しできないものなのかと。 キュルケは自分の無力を痛感していた。 自分はゲルマニアでも有数の名門ツェルプストーに生まれ、その才能を余すことなく受け継いで生まれてきたと思ってきた。 最強の系統「火」の才能に恵まれ、才能だけでなく、たゆまぬ努力もしてきた。 炎を使えば誰にも引けをとることはないと思っていたし、事実、今まで火の扱いにおいては同年代の人々に負けたことはなかった。 もちろん、スクウェアクラスというより上位の使い手がいることは知っていたが、いずれはそこにもたどり着いてみせると内心では自信を持っていた。 今回の『破壊の杖』奪還任務も多少、手間はかかっても、自分がいれば楽に片付くと信じていた。 だが、現実はどうだ。 アヌビスに操られて友人を襲い、同じトライアングルクラスのフーケにすら太刀打ちできない。 結果、愛を語った相手を犠牲にして無様に逃走している。このざまのどこが名門なのか。どこが最強なのか。 自分など、この役に立たない『破壊の杖』と同じだ。名前と期待ばかりが大きく、実際には何の役にも立たない。 それらの思考がキュルケを苛むのだった。 ルイズは嫌悪していた。誰でもない自分自身に。 無能を表す『ゼロ』の二つ名を持ち、周囲からの同情と嘲笑、家族からの中途半端な優しさに隠された失望に囲まれ、屈辱を受けながら育ってきた。 だからこそルイズはフーケの騒ぎを聞いた時、これぞ千載一遇のチャンスと内心で手をたたいた。 ここでフーケを捕まえ、破壊の杖を取り戻せば誰にも『ゼロ』などと呼ばれない。 貴族として、メイジとして認められるそのためなら命だって惜しくない。そう思っていた。 だが、リゾットに「逃げろ」といわれた時、自分は安心していなかったか。口では反発しつつ、生き残れることを喜んではいなかったか。 思えばリゾットは、自分の使い魔だけは爆発しか起こせない自分を評価していた。同情も優しさも侮蔑もなく、ルイズに一定の価値を見出していた。 そうだ。いつもそうだった。 今も、あの妖刀に操られた時も、日常生活でさえも。 自分はリゾットに守られてばかりなのだ。 使い魔といっても勝手に呼び出されたのだ。従う義務は本当はない。 キュルケに言われるまでもなく分かってる。 リゾットには自由な意思があり、逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せたはずだ。 なのに、彼は黙々とルイズに従った。 そこまで考えたとき、ルイズは叫んだ。 「タバサ、お願い! 戻って!」 その声を聞くと、すぐにタバサはシルフィードを反転させた。 「急いで」 声をかけられると、風竜は猛スピードで戻る。 来た道を引き返す中、ルイズが横をふと見るとキュルケが笑っていた。 「何笑ってんのよ…」 「見直したわ。それでこそ私のライバルよ。まだできることがあるかもしれないのに誰かを犠牲にして逃げるなんて、貴族のすることじゃないわよね」 ぐしぐしと頭を撫でられた。 ルイズはむっとしたが、放っておいた。 (リゾット、生きていて…) リゾットは一人、霧の中を歩いていた。 やがて霧の中から見覚えがある建物が現れる。チームが良く使っていたレストランだ。 テラスに部下の6人が座ってデザートを楽しんでいた。 席の向こうで巻き毛の男が新聞を読んでいる。ギアッチョだ。 「この新聞の政治家コメントにある……『身を粉にして頑張ります』の…『身を粉にして』…ってよォ~~。 『頑張ります』ってのはわかる…。スゲーよくわかる。選挙で選ばれた政治家なんだからな…。 だが『身を粉にして』って部分はどういう事だああ~~っ!? 身体を粉にするっつーのかよーーーッ! ナメやがってこの言葉ァ超イラつくぜぇ~~ッ!!! 身体を挽いて粉にしたら政治ができねーじゃねーか! なれるもんならなってみやがれってんだ! チクショーッ。どういう事だ! どういう事だよッ! クソッ! 身を粉にしてってどういう事だッ! ナメやがって、クソッ!クソッ!」 ギアッチョはそういいながら新聞をびりびり破り捨てている。パソコンを弄っていたメローネがそれをみて呆れる。 「『身を粉にして』ってのは比喩だ。相変わらずディ・モールトよくキレるな、ギアッチョは」 解説を入れるが、もちろんギアッチョは聞いていない。お茶を飲んでいたイルーゾォが振り向いて大声を出した。 「おい、ギアッチョ! その新聞、次は俺が読むっていっただろーが! おい、ペッシ! 止めろ」 「お、俺ですかい? おい、ギアッチョ、止めろって」 先輩に命令されたペッシはおどおどと言うが、ギアッチョは聞く耳持たない。 「しょぉぉぉがねぇ~なぁ~。イルーゾォ、だから先に読んどけって言っただろぉ~? お、ペッシ、そのケーキくわねーならもらうぜ」 その隙にホルマジオがペッシのケーキを横取りする。 「あ! ホルマジオさん、ちょっと待って!」 「もぉ~食っちまったよ。……おいおい、泣くこたぁ~ねぇーだろぉ? 新しいの頼んでやるからよぉ~」 「必要ないぞ、ホルマジオ。ギャングの世界では盗られる奴が間抜けなんだ」 「兄貴ィ、酷いんじゃないっすか?」 「黙れ、マンモーニ以下のゲス野郎になり下がりやがって!」 毎度おなじみのプロシュートの説教が始まった。ギャングの心得から説き直すつもりらしい。 「…ん? おお、リゾット、来たのか!」 ひとしきり暴れたギアッチョがリゾットに気がついた。 その場に居た全員がリゾットに注目する。 「思ったより早かったな、リーダー」 「リーダー、お疲れ様です!」 「おい、誰かリゾットの分のデザートとってやれ」 「しょ~がねぇ~なー。ウェイターさん、さっきのケーキ、もう二つ追加と、あと、ホットコーヒーを一つ頼むぜぇ~」 「まあ座れよ、リゾット」 「皆、もう来ていたのか…遅れてすまない」 「かまわんさ。ソルベとジェラートは先に行ってるぜ」 しばらく他愛のない話が続く。やがてコーヒーとケーキが運ばれてきた。 コーヒーに映る自分を見た時、リゾットはここに至った経緯を思い出した。 そう、目の前の部下たちは皆、戦いに敗れ、死んだのだ。そして自分も……。 「すまない……。お前たち」 リゾットの発言に、その場の全員が不可解な顔をした。 「すまない……。俺は…お前たちを巻き込んだ。お前たちが死んだのは俺の責任だ…」 六人は互いに顔を見合わせ…やがてホルマジオが噴き出すように笑った。 「しょ~がねぇ~なぁ~、リゾット。的外れなことを言うんじゃあねえよ」 ギアッチョが同意するように頷く。 「確かに俺たちは負けたぜぇ? だが、それは俺たちが弱かったからだ。それを他人のせいにするつもりなんぞここにはいねー」 メローネはいつものようにクールに答える。 「それに、ブチャラティたちもまた『誇り』と『覚悟』を持っていた。奴らのそれが、俺たちのそれをほんの少し上回っただけさ」 プロシュートは持っていた紅茶のカップを置いてリゾットを見た。 「ソルベとジェラートが殺されてからの二年間…俺たちは生きながらにして腐っていく日々を送った。 『誇り』を失いかけ、負け犬の道を歩んでいたんだ。それは戦いで負けることなんかよりも、遥かに屈辱的なことだ」 イルーゾォがプロシュートの言葉を引き継ぐ。 「だが、ボスに反旗を翻してから、俺たちはまた蘇った……。俺たちはチームだ。仲間を殺されて黙ってるなんてことはありえない」 最後にペッシが皆に同意するように頷いた。 「リーダー、俺たちのうち一人だって反逆したことに後悔してる奴はいませんぜ」 「………だが、俺がお前たちの死ぬきっかけを作ってしまったのも事実だ」 「確かにきっかけを持ち出したのはお前かもしれない。だが、反逆したのは俺たちの意思だ。 ギャングになったのも、暗殺者になったのも、いつも自分たちの『意思』と『覚悟』で道を選択してきた」 「おめーだってそーだろォ、リゾット? 俺たちは俺たちの意思で生きただけだ。だからお前が気に病むことなんてなんもねぇ」 「気に病むことがあるとすれば、いつも言ってた『責任』をまだ果たしてないことですよね」 「……『責任』? 何の責任だ?」 「生きている責任さ。リーダー、あんたは俺たちとは違ってまだ生きてる」 「その形が何であれ、人間は『栄光』に向かって努力し、『成長』するべきだ。たとえ腕を飛ばされようが脚をもがれようが、生きている限りな…」 「でもよぉ~。それでもお前がそうやって不貞腐れるんだったらそれもしょぉがねえ。それもお前の選択だからな」 「個人的な意見としては俺たちのリーダーが腐っていくのは残念に思うが…。何なら一緒に来るか? お前のためならあの世の席の一つくらい、俺たちが作ってやるが?」 「元の道に帰るならよォ。あっちだぜ」 「選べよ、リゾット。ここで死んで土に還るか、再び鉄を纏って生きていくか。オメーの進むべき二つの道だぜ」 それっきり、その場の全員は黙り込んだ。長い沈黙の後、やがてリゾットは答えを出した。 「……戻るよ」 「そうか」 「それでこそ俺たちのリーダーだ」 「しょ~がねぇ~なぁ~。お前がいねー間、こいつらの面倒は俺が見ておいてやるぜ」 「オメーが向こうの世界で『栄光』を掴むことを願ってるぜ。何やら変な世界にいるようだがな」 「羨ましいじゃないか。あんなに女の子に囲まれるなんて暗殺者やってたら絶対ないぜ?」 「……メローネ、オメー少しは自重しろ」 エンジンの音を聞き、全員席を立つ。ゆっくりと向こうからバスがやってきた。 「さて、俺たちは行くぜ、リゾット。また、向こうでな」 「ああ……、ソルベとジェラートによろしくな」 「おぅ、ゆっくり来いよ。何なら女を連れてきてもいいぜ」 「ふん、妙な期待をするな。じゃ、またな…」 軽薄な冗談と挨拶を交わし、明日また会うかのように別れて行く。 いつの間にか霧が晴れ、太陽が別れ行く七人を明るく照らし出していた。 リゾットは一人、もと来た道を歩いていく。仲間たちはバスへと乗り込んでいく。 どちらも一度も振り向かなかった。 頬を冷たい液体が伝う感触に、リゾットは意識を覚醒させた。 眼を開けると、ルイズの泣きはらした顔があった。 「馬鹿が…戻って…来たのか? 何故逃げない?」 リゾットが眼を開けたのを見ると、ルイズは涙をぬぐうことすらせず、声をあげた。 「逃げないわ! 私は貴族よ! 使い魔を犠牲にしたりはしない……! ここで逃げたら、私は! 私は……本当に『ゼロ』になってしまう!」 そういいながら、ルイズはがくがくと震えている。いくら口で強がりを言っても、恐ろしくて堪らないのだ。 だが、彼女は恐怖を押し殺し、自らの使い魔を助けにきたのだ。 かつてギリシアの史家ブルタルコスは言った。 『人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある』、と。 リゾットはルイズに人間のあるべき姿の一つを見た気がした。 「少しは…マシになったか……」 「え?」 「いや、なんでもない…。ゴーレムは?」 見ると、ゴーレムはまとわりつく風竜を撃墜しようと両腕を振り回していた。 風竜は懸命に攻撃を掻い潜り、キュルケとタバサが魔法で攻撃していた。 だが、相変わらず決定打に欠けるようで、けん制以上の動きにはなっていないようだった。 リゾットは起き上がった。ところどころ身体が痛んだが、鋼鉄の塊の一撃を受けたにも関わらず、骨や内臓に損傷はないようだった。 そんなことはないと知りながら、リゾットは仲間たちに守られたような気がした。 「リゾット、無理はしないで!」 「いや…大丈夫だ。……見た目ほど酷くはない…」 止めるルイズを制して、リゾットは立ち上がる。 「ルイズ、魔法はまだ使えるな?」 「え? …ええ、使えるけど……」 「なら、これから俺とお前で、フーケを倒すぞ」 「そんなこと、出来るの!?」 予想外の一言にルイズが驚いて訊く。 「俺を信じろ。………お前の使い魔を」 「これだけやっても一つも当たらないなんて!」 キュルケは火炎を放ちながら歯噛みした。横ではタバサも荒い息を吐いている。 二人とも限界近くまで消費し、あらゆる魔法を行使しているのだが、土を盛り上げ、鉄のドームで防御するフーケに攻撃は届かなかった。 土のトライアングルメイジのフーケの『錬金』は想像以上に強力で、それぞれ火と風を得意とする二人の『錬金』では打ち砕くことができない。 『錬金』が魔法としては初歩であることもフーケに味方していた。圧倒的に精神力の消費が少ないのだ。 あせる二人の視界に、疾走する黒い影が目に入った。 「ダーリン!」 「リゾット…」 リゾットはデルフリンガーを鞘に収めて柄を持ち、ルイズを抱きかかえてゴーレムに向かって走っていた。 その眼に浮かぶ、静かな闘志を秘めた冷静さを見て、二人は何か策があることを悟った。 「タバサ、もう少し頑張りましょう!」 キュルケの言葉にタバサが頷き、代わる代わる魔法を唱える。 二人が攻撃している間、フーケは鉄のドームに潜ったきり、出てこない。 それは文字通り鉄壁の守りであるが、鉄壁であるがゆえに外の様子がほとんど分からないという欠点があった。 つまり、二人が攻撃する限り、リゾットとルイズの接近はフーケに気づかれないのだ。 しかしゴーレムは多少は自らの思考があるのか、リゾットとルイズに拳を繰り出す。 先ほどまで自由に動ける状態でギリギリの回避だったのだ。ルイズを抱えた状態では回避は不可能に思えた。 迫りくる拳を前に、ルイズはリゾットに掴まる手の力を強くする。使い魔が信じろといったのだ。危なかろうと、とことん信じるつもりだった。 リゾットは直進し続ける。拳が鋼鉄の変化した瞬間、リゾットは自らの心の力の名を呼んだ。 「『メタリカ』!!」 ロオォォドオォォォ……。 声に応えるように、リゾットの内に声なき声が響いた。 何が起きたのか、上空の二人は分からなかった。 拳が鋼鉄に変わり、リゾットたちに命中すると思った瞬間、急に拳の軌道が曲がり、同時にリゾットが何かに引っ張られるように加速した。 外れた一撃にはかまわず、ゴーレムが第二撃を放とうとする。 「………無駄だ……。既に! 『倒し方』は、できている! タバサ、竜を上昇させろ!」 リゾットが叫ぶ。タバサが風竜をあわてて上昇させると、ルイズはありったけの魔力を込めて『錬金』を唱えた。 「当たってーッ!」 遠くにあるものに大きな力を及ぼすには相応の精神力がいる。今回狙ったのはゴーレムの腹部に刺さった、ロケットランチャーの弾だった。 命中精度が悪いため、できるだけリゾットが近づき、ルイズは大きな爆発を起こすよう、精神を振り絞った。 果たして、ルイズの魔法は弾に届き…信管の壊れた弾頭は大爆発を起こした。 学院へ帰る竜の背の上で、四人は今回の事件について話していた。 後ろには縄で縛られたフーケが転がっている。 フーケはあの爆発に巻き込まれたが、鉄のドームに篭っていたことが幸いし、頭を打ち、気絶する程度で助かった。その後、発見されて縛られたのだが。 その近くには切り落とされた左腕も転がっている。 『固定化』をかけたので腐ることはない。水のメイジに頼めばつなげることもできるだろう。 ルイズたちはほっとけばいいと言ったのだが、リゾットが持ち帰ることを提案したのだ。 「結局…フーケの狙いって何だったのかしら?」 「ああ……推測だが…『破壊の杖』の使用法を知りたかったんだろう。 でなければ俺たちにわざわざ見つかるように誘導する理由がない。おびき寄せるだけなら情報と案内で十分だからな……」 「あんたがあの筒を撃ちだしたのよね。使い方なんてよく知ってたわね?」 「あれは俺の世界の兵器だからな…。まあ、実物を見るのは初めてだったが」 「世界?」 タバサが本から顔を上げ、口を挟んだ。他の二人も不思議そうな顔をしている。 「ああ……。…俺は…別の世界から召喚されてここに来たんだ。…信じようと信じまいと勝手だがな……」 別に隠していたわけでもないのだが、訊かれなかったので答えなかったことを教える。 「ふーん……」 キュルケとルイズは半信半疑の様子だった。なぜかタバサは納得していた。 「そういえば、ゴーレムが倒れる前、不自然な動きをしたけど、あれはダーリンがやったの?」 「ああ……」 「どうやって?」 「魔法じゃあない。……そうだな。名前だけは教えておくか。アレはスタンドだ」 「スタンド?」 「力ある生命のビジョンだ。それを操ることが出来る人間をスタンド使いと呼ぶ。スタンドはスタンド使いにしか見えない」 「……なんだか良く分からないけど…魔法じゃあないの?」 「あそこまで汎用性のある能力じゃあない。できることは決まってる。最も、杖は必要ないが」 「ふぅん…。で、アンタはその……」 「何だ?」 「わ、私の使い魔なんだよね?」 以前、リゾットは「恩を返すまではルイズの使い魔でいる」といった。 今回の件で恩を返した、と判断したらリゾットは去ってしまうのではないか。それをルイズは心配してるのだ。 「ああ……。お前には…余計に恩が出来たから……な」 「そう、やっぱりいなく…え?」 「これからもお前の使い魔でいる……といっている」 「そ、そうなの…」 リゾットの即答にルイズは不可解さと安堵を同時に感じることとなった。 最後にリゾットが戻る決断をした理由の一つは、新たに出来た知人たちのためでもあった。 (最初は命を救われた。その恩を返して、今回は心を救われた) リゾットにとって、今回の件はそういうことだった。 もっとも、まだリゾットは彼女たちをスタンドの能力について教えるほどには信頼していないのだが。 「そんなに不安がるな。俺はまだ少しの間はお前の使い魔だ」 「な……。誰が不安がってるのよ! アンタがスタンド使いだろうと平民だろうと、 私の使い魔であることに変わりはないもの! これからもしっかりご主人様に尽くしなさい!」 内心を読み取られたルイズは顔を真っ赤にしながら照れ隠しを言う。 彼女らしい物言いにリゾットは内心苦笑した。 「いいじゃない。ダーリン、こんな幼児体型は捨てて、私のものになりなさいよ」 キュルケがしな垂れかかってくる。 「暑苦しい……と言っただろう………」 「ちょっと、ツェルプトー!!」 「何かしら、ヴァリエール? 恋愛は個人の自由でしょう? 自分に自信がないからってやっかみは止めてくれない?」 「だ、誰がやっかんでるのよ!」 また二人で言い合いを始めた。元気なことだ。 それを適当に聞き流しながら、リゾットはこの二人、言うほどには仲は悪くないのかもしれないな、などと考えているのだった。 「……珍しい」 不意にタバサが声を上げた。 「何がだ」 タバサがリゾットの顔を指差した。 「笑ってる」 他の二人も言い争いを止めてまじまじとリゾットの顔を見る。もうリゾットは無表情に戻っていた。 「本当、タバサ?」 ルイズの問いにタバサが頷く。 「えー、私もダーリンの笑顔、みたかったなー」 「何よ、どうせ見間違いでしょ。この鉄面皮が笑うわけないじゃない」 「あら、負け惜しみ?」 また言い争いをはじめた。それを聞き流しながら、リゾットは呟く。 「笑うことくらい……ある」 「レア。見たことない」 なぜかタバサは満足げだった。 リゾットは考える。こちらで笑ったことがなかったか? そうかも知れない。こちらに来てからリゾットの心はずっと死んでいたのだ。 リゾット・ネエロは一度死んで、今、ようやく蘇ったのだった。 やがて、学院が見えてきた。